先日とある人と桃太郎の話になった。実は桃太郎は呪術的な意味合いが多分に込められていると思われる物語である。桃太郎の従者、猿、雉、戌、が、占いに関心のある方なら申、酉、戌に相当するとすぐに察しが付くだろう。 申、酉、戌の三つの十二支はそれぞれ西南西、西、西北西の方位を示していて西側の十二支。時計で12時を真南とすると2・3・4時の方位に相当する。この組み合わせを専門用語では方合という。方合には四種類あるが、その中で西の方合は最も金気の力を高める組み合わせとなる。 その金気を代表する果物が「桃」であり、その桃太郎はお婆さんに拾われている。お婆さんは九星では二黒土星の象で大地のこと。大地は金気を生み出すのだから、これも的を得ていると言えるだろう。 金気が旺盛となると木気を剋す事になる。木気は方位にして東の方位で、四聖獣では青龍があてがわれている。竜体と言えば、私の場合日本そのものや丑寅の金神が思い浮かぶ(笑) この辺は今日の本題ではないので省く事にするが、同様にかぐや姫の物語もこうした見方で紐解けないだろうか、、、と考えてみた。 もっとも竹取物語は日本最古の物語とされるから、そこに渡来系の学問が通用するかどうかは疑問である。が、この物語の成立は天武天皇〜持統天皇の時代と言う話もあるから、もしかしたらその辺の時代背景が竹取物語に反映しているのかもしれない。 そのあたりには既に東洋占術は渡来していたと思われるから。 天武天皇自体は天文遁甲を能くしたとあるので、まあ確実だろう。その時代の作なら占術思想がまぎれている可能性があるのでは?と思う。 ただ、かぐや姫という名前自体、垂仁天皇の妃、迦具夜比売がモデルだとも言われる。だとすればDC7〜80年頃が竹取物語の原点ということになって、この頃はまだ占術思想は伝来していない。 それでも占術における象徴は、私達の集合的な無意識と結びついているという私の独断的な解釈に依れば少なからず反映されていると思う。 この物語は、皆様よくご存知のことと思うので、今更内容を書くまでもないだろうから早速検証をしてみたい。 まずかぐや姫は言わずと知れた月から来た天女である。かぐや姫の「かぐ」は「かがやく」という意味である。月は水の気であるが「かぐ」の輝くは火の気であるから相性がよろしくない。水剋火の関係で、月からかぐや姫が制される関係である。 実際、かぐや姫は月の天女であったが、何かの罪で月を追われ地上に落とされたとされている。 そのかぐや姫は竹の中に見つかるが、竹は九星では三碧木星の木気である。木気は水から生じられ、火を生み出す。水⇒木⇒火、という関係が成立しているもので、月⇒竹⇒かぐや姫、という構図になる。 そのかぐや姫は竹取の翁に見つけられるが、老翁は六白金星、八卦では天の象意である。金気の翁と、火の象を持つかぐや姫とは相性が悪いが、八卦でみた時、天と火(太陽)は天の中に太陽が輝くのであるから、まさに翁に抱かれたかぐや姫の象だと言えるだろう。 かぐや姫は3ヶ月で成人し、美しい乙女にとなって五人の男 性に求愛される。3という数も木気の数である事も面白いが、五と言う数は土気の数である。土の対応する九星は二黒土星と八白土星、あるいは五黄土星があるが、この場合男性であるので八白土星と解するのが妥当だろう。 五人はいずれも実在した人物という点が面白いが、その人物はいずれも天武天皇の時代の人物である。たまたまモデルとして用いられたのかもしれないが、何かそのあたりに風刺的な意味も込められているのかもしれない。。。 さて、五人はかぐや姫に求婚するが、それを断るためにかぐや姫は無理難題を押し付ける。これだけ聞けば我が儘な女性と思えなくもないが、その無理難題に取り組むあたりは、本当の気持ちを知りたいという乙女心なのだろう。 その五つの難題は「仏の御石の鉢(土)」を持ってくること。「蓬莱の玉の枝(木)」を持ってくること。そして「火鼠の裘(火)」、「龍の首の珠(金)」、「燕の子安貝(水)」である。 結局誰も、その難問をクリアする事はできず、最後に御門というのが出てくる。ちなみに門は八白土星の象意である。 実は御門を含めた求婚者達は八白土星の象意を持つと思われるが、八白土星は方位にして北東の方位、、、冒頭に記した桃太郎の話も、実は北東が絡んでいる。北東は家相で言えば丑寅の方位即ち鬼門の方角である。 どうも古代の物語には、鬼門に関した物語が多いのかもしれない。。。丑寅の方位とは、当ブログでも時々書いている丑寅の金神の方位、、、つまりは鬼である。 かぐや姫の物語に鬼こそ出てこないものの、暗に鬼門の方位が示されているのは単なる偶然であろうか。。。? さて、最後にかぐや姫は月からのお迎えに従って月に帰ることになるが、その時かぐや姫は御門に不死の薬を渡している。結局御門はそれを使うことはせずに、従者に命じて富士山の山頂で不老不死の薬を焼き払ってしまう。それが富士山(不死山)の語源となったとも言う。 不死というのも、輪廻に関わる命題と考えれば、なるほど鬼門らしいテーマではある。易学では鬼門という名称こそないものの、北東は陽と陰が変化をする場所で、言ってみれば現界(陽)と冥界(陰)の交接する場所なのだから。。。 それに、この辺は妙に徐福伝説を思い起こさせる。。。秦の始皇帝の命を受けて、不老不死の妙薬を探すために大船団で日本にやってきたという仙人の事である。 ところで、月に帰ったかぐや姫であるが、駿河地方には月ではなく富士山に帰ったという話が残っているらしい。 富士山はかぐや姫の時代活発な火山であったと言うし、また富士山は五行山の火形の山に相当する。火形の山というのは三角山、円錐形の山の事である。 だから、火の象を持つかぐや姫が、これまた火気の富士山に帰ったというのは、なるほど合点の行く話しである。占い的にはこちらの方がすんなりと理解できるというものだろう。 と、ここまで書いてきて、どうもこの話は、なにやら秘められた意味があるようにも思えてきた。原文ではかぐや姫は赫夜姫と書かれていて、ここから伊勢の豊受大神の事であるという話もある。豊受大神は食物の神であるが、ギリシャ神話のペルセポネーやデメテルとの関連性もささやかれている神だ。 ギリシャ神話を読むと解るが、豊受大神とはとても酷似している部分もある。デメテルは二柱の神としてギリシャで祭られたらしいから、豊受大神と天照大神との関係とも酷似している。 この辺まで取り扱うとまたまた長くなるので、程ほどにしたいところであるが「かぐや」が「輝かしい」という意味なのを考えると、好奇心の虫が疼こうというのもだ(笑) かぐや姫は旧暦の8月15日、つまり仲秋の名月の時に月に帰っている。これもまた奇妙な面白さを感じる(笑) もしそうなら、かぐや姫は三ヶ月前の5月15日頃に翁に見つかっている。現在の太陽暦では6月の中頃に相当するので、ちょうど夏至のあたりと言うことになる。月から来たかぐや姫が、夏至の時に見つかったというのも面白い話だ。 かぐや姫が垂仁天皇の妃・迦具夜比売だとすれば、腹違いの娘には倭姫命(垂仁天皇の第四皇女)がいる。倭姫は日本武命の叔母でもあり、神託によって伊勢神宮を創建した人物。しかも天照大神の依代(よりしろ・神を降ろす巫女の事)である。 なんとも暗示多き竹取物語と言ったところだろうか。。。
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