今日で2月も終わる。つい先ほど正月を迎えたと思っていたらもう三月である。年々月日の経つのは早くなっている今日この頃である^^;
昨年も桃の節句に、桃太郎に関する記事をアップしているので、今年は少し趣向を変えて巷には流布していない話しを書こうと思う。
桃の節句が日本で始まったのは平安期といわれている。元来は中国の上巳の節句に由来し、中国でも三月上旬の巳の日に川で身を清めて不浄を払う習慣があり、それが日本に伝わって髪で人型に切った形代に自身の不浄を写し取って川に流す風習へと変わったといわれる。
この穢れを払う習慣が「流し雛」であり、平安期の貴族の雛あそびと融合したのがひな祭りという訳だ。
ところで古事記等を読むと、イザナギの尊がイザナミの尊を追いかけて冥界下りをした際に、追いかけてきた黄泉醜女(よもつしこめ)を桃を使って追い払ったと書かれている。以来、桃はオオカムスビノミコトという神名を賜り、不浄を払う霊力を持つとして珍重されている。
この桃は東洋占術では金気に当たり金気は戦いの気であること、また西の方位に相当している。古来太陽の沈む西は霊魂の方位であるから、西に桃が当てられていること自体黄泉の不浄を払うという意味にもなっている。
昨年アップした記事中の桃太郎の話を少しく書くと、その桃の精である桃太郎は生粋の金気の精であり、付き従う猿(申)、雉(酉)、犬(戌)は全て西方を示す十二支である。専門的には方合といって、この三支が揃うと金の気は最強になるとされる。
つまり、冥界の不浄を払う霊力が最も高められる訳で、その桃太郎が退治したのが冥界の獄卒とされる鬼であるのも、かような理由からである。
ところで前述したように桃の節句は中国では上巳の節句と言われる。この巳(へび)とは本来火の気で金気を剋す働きがあるのだが、申とは支合という関係で仲がよく、酉とは三合という関係で金気を強める作用を持っている。
このように考えると、巳の日に禊ぎをして不浄を払うのは理に叶っているかのように思えるのであるが、今回は少々趣向を変えて解釈してみようと思う。
金気の敵、鬼とは大本教の中では丑寅の金神の別名とされる。正式な神名は国常立之神で、地球の正統な神であると言われている。それがあまりにも厳格な神であり、不正を嫌ったために邪神たちから煙たがられて、その地位を追われてしまう。
その丑寅の金神が幽閉された場所が北東であったので、北東を示す丑寅の金神と呼ばれるに至ったらしい。元々は金神という名の様に、金気を示す神であったのだろうが、その西の地を追われてしまったということになろう。
さて、その丑寅の金神には妻神様がいて、その名を未申の金神という。夫神、丑寅の金神は東北に幽閉されたが、妻神の未申の金神は真反対の南西に幽閉される事になった。これゆえに南西の方位を裏鬼門といって、北東の鬼門同様日本では不浄を忌む方位として恐れる事になる。
このような理由から、先日の節分は豆をもって鬼を払う行事であるが、これは丑寅の金神が幽閉された時に「炒り豆に芽が出るまで出てくるな」と邪神に呪いの言葉の故事によるものである。炒り豆に芽が出ることなど有り得ないから、永遠に幽閉されていろという忌み言葉なのである。
そうした本来の理由も知らずに、節分という行事に万民が加担して、本当の神様を幽閉し続ける呪術に加担させられているのだと王仁三郎は言っている。
ところで、妻神の未申の金神、その申と巳は支合という関係だと記述した。支合の関係は、子−丑、寅−亥、卯−戌、辰−酉、巳−申、午−未と6種類あるが、その中の巳−申の支合は火と金の支合で、本来は巳(火)が申(金)を剋する関係である。
つまり妻神を表す申を蛇が剋し誘惑する訳である。。。さて、皆様、何かを思い出されないだろうか(笑)
そう、聖書の創世記によるとアダムの妻イブは蛇に誘惑されてエデンの園を追い出された事になっている。そして、国常立ちの神は地球に降り立った最初の神で、天津神から地球を統治するようにと命じられた神様だ。。。それが邪神の謀略によって地位(西)を追われて、東北に幽閉されたのである。
その西は世界的に天上界、極楽、天国の代名詞なのだからエデンを髣髴とさせる話ではあるまいか。
ある噂だと、くだんのアダムは二人いるという説がある。その最初のアダム(本当のアダム)を原初のアダム、アダムカドモンといい、その妻はリリスといった。
リリスは全悪魔の母とも言われている魔女であるが、もともとはシュメール神話のリリトゥーという風を表す言葉だったという。東洋占術には先天盤と後天盤という魔方陣があるが、その先天盤で南西は「風」の宮なのである。
さて桃の節句の話から、とんでもない所へと来てしまったが、時にはこんな話もどうだろう?王仁三郎は現代こそ正統神復活の時代だと言っているから、もしかしたら皆様もアダムカドモンに巡り会えるかもしれない(笑)
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