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趣味占放談

主に東洋占術の思想を使ってあれこれ考察しています

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Author:やわたうま
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愛を必要としない 

 ここ一週間の間にとても大切なことが私の身に起こりました。そしてその事が唯一ブログには書いていなかったテーマを思い出させてくれました。
 一度閉じたブログに書くべきか迷いましたが、ある人が書け書けとうるさいので、とうとう根負けをしてしまいました。閉鎖宣言をした私の立場を無視してくれます^^;
 
 これが本当に最後の記事になるだろうと。。。思います。。。多分^^;
 最後。。。と確信を持てないのは、一人やかましい奴がいるからです(笑)
 
 
 私たちは一つです。今も私たちは一つですが、分離という幻想の中に生きています。その事によって、私たちは様々なものを獲得(奪取・搾取)しなければ生きて行けないと思い込んでいます。
 
 生きる為の力、、、名声、権力、経済力は獲得するもの奪うものとなってしまいました。愛も例外ではなく、それは獲得するものに他なりません。それ故に相手の気を引くために色々な方法を考え出し苦悶しています。
 しかし、何故、それほどまでに愛を希求するのかといえば、私たちが心の深い所で全てが一つだと知っているからに違いありません。
 
 元々一つであったものが、幻想とはいえ分離の世界に降りてきた時から、再融合し一つに戻ろうという衝動が私たちを支配する事になりました。この分離という幻想は根強い恐怖感として強力に私たちを支配しています。
 本来一つであり、全てである私たちが体験する事の出来ない唯一のものだからです。
 
 分離に対する恐れは、色んなところで私たちを駆り立てました。明日への不安として、愛するものを失う恐れとして。。。
 明日への不安を解決するために様々なものを蓄える事を覚え、愛するものを失わないために人をコントロールする方法を考案してきました。
 
 自分の美しさや、強さ、能力をアピールし、相手の気を引く事に躍起になってしまいます。自分より弱いものに対しては、自分に従う事が愛の証しであると思い込み、またそれに変わる方法が思いつかずに服従させようと執心します。
 時には高圧的な態度で、時には卑屈な態度で、また時には哀れみを誘うような態度で。。。
 
 この幻想の中に愛の姿を見ている限り、いつまでも愛は奪うものであり、獲得するものでしかありません。本当の愛が無償で、無私のものであるなら、その愛は根底から矛盾しているものですから、永遠に得ることは出来ず、いつ失うとも知れない不安に追いかけられることになります。
 
 無償の愛が愛の本当の姿だと知って、それをしようとしても、分離の世界に生きる私たちにとって、愛は与えれば減ってしまうものでしかありません。誰かに愛を与えれば、誰かから愛を貰わなくてはちょうずりが合いません。
 こうして愛の関係においても、愛の弱者は、手持ち少ない愛を奪われつつ生きてゆかなければならなくなります。
 
 愛を与えようとして一生懸命になって身体であれ、精神的にであれ、どこかが疲れたと感じるのなら、あなたは分離の愛に生きています。あなたの愛の行為の結果に不安を感じるのなら、あなたは分離の愛に生きています。
 愛は私たちの生きる力であり命そのものです。愛を得ていないと思う時、人は弱くなり、自分を失う他なくなります。
 
 けれど全てが一つであって分離は幻想だと気が付いた時、あなたの知性と思いと行動で気が付いた時、愛は得るものではなく、いつもそこにあるものに変わります。
 愛を得るためにする事は何もないと知るでしょう。愛が「物」である時、使えばなくなりますが、愛が「存在」である時決して失われる事はなく、減る事もないでしょう。
 
 あなたが愛そのもので在る時、もはや、あなたは愛を必要としないでしょう。誰かの気を引くために何かをする必要はなく、相手の愛を確認するために服従を要求する必要はなくなります。
 
 もはやあなたは、自分に愛があるのかと自問自答をする事は無くなるでしょう。自分の中に、あるいは自分の外に愛を見つけようとするのではなく、ただ愛でいる事
 その様な自分でいる時のみ、あなたは自分の中の愛に気付きます。あなたが愛でいる時、世界が愛で満ちているとわかるでしょう。
 
 あなたが愛を必要としなくなった時、あなたは愛でいる事ができます
 
 そして、もともと、私たちは愛そのものなのです。愛を探すのではなく、ああ、私は愛だったのだと気付くだけ。。。ただそれだけです。
 
 
 赤土の大地で私の横にいた人へ。。。
 
2007/04/18 15:37|山術房:心行TB:0CM:22
 

最後に。。。未来 

 今回で主要な記事は最後の予定となります。長い間応援して下さった方々に、心から御礼申し上げます。といっても今後の事はまだ決めておらず、当面はしばらくお休みという状況になろうかと思います。もちろん今後も皆様の所へは寄らせて頂きますので、今後とも宜しくお願い致します。

 

 当ブログは占いのブログという事で始めましたが、長いこと読み続けて下さった方々は御存知のように、私が最も書きたかったことは「心」の問題でした。それは今でも書き終えたという気持ちはなく、まだまだ、書きたいことがございます。けれども占いとの掛け持ちではどうしても中途半端な印象を逃れず、どこかで区切りをつけようとも思っておりました。

 当ブログの「趣味占放談」というタイトルは、実は「須弥山法談」という当初予定していたタイトルの語呂合わせでした。仏法のことを「須弥法」と言いますが、それに掛けてのタイトルを選んでいたのです。もちろん仏教の事よりも、心そのものがテーマではあったのですが。。。

 

 この記事を書くに当たり、ホロスコープを眺めていますと、ただいまは下のようなホロスコープになっています。

Art003.PNG

 私の星座、射手座がアセンダントに来て、木星と月、冥王星の合を形成しています。更に火の星座で構成されるグランドトライン、、、締めくくるには、良い時期ではないかと判断いたしました。

 

 信じて頂けるかどうかは解りませんが。私が25歳の頃、瞑想をしていた折に、ある方からのメッセージを受け取ったことがございます。1990年間近の頃です。

 その方はヒマラヤに在住する方で、世界に向けてある思念を送っておりました。その思念が強力だったために、私のようなものにもキャッチできたのだろうと思います。

 その時に彼はこれから来るであろう大変な時代について、準備と対策をするように呼びかけておりました。

 

 その準備と対策は、私たち一人一人が自分の心を見詰め思いを浄化することに尽きます。

 

 私たちが住む世界は、あらゆる者たちの心で満ちています。動物も、植物も、鉱物も、それぞれに思いを持っていて、創造の意図に沿って調和と平和を心から求めています。そして彼らの指導者として立つべきが私たち人間です。

 が、その思いは、今では大きくずれていて、その思いのズレが自然界のあるいは私たちの世界の不調和な出来事として表出してしまいました。想念の浄化は今となってはとても厳しい課題です。

 しかし、どの様な場合でも私たちに出来る事は、私たち一人一人が、自分の心に責任をもつことに尽きると思います。そして、そのことが、結局は、現実的な幸福をも皆さんにもたらすでしょう。

 

 いつでも、皆さんの心を平和に保ってください。怒りも、悲しみも、憎しみが湧き起こっても構いません。けれど心を落ち着けて、最後はいつも平和と共にいて下さい。平和と共に在って下さい。今、ここで平和なあなたでいて下さい。

 

 あなたは、今、宇宙の中心にいます。そして、あなたの認識を広げて行って下さい。今、ここを中心にして。。。

 あなたの中に愛を感じてください。平和を感じてください。

 愛そうとするのではなく、

 平和を作ろうとするのではなく、

 豊かであろうとするのではなく、

 ただ、自分の中に、愛を感じ、平和を感じ、豊かさを感じてください。。。

 それは、間違いなく、あなたの中にありますから。。。

 そして、それを感じたら、、、それに基づいて行動して下さい。

  

 それでは、また、いつか、お会いしましょう!(^^)

 

2007/04/09 01:17|心象房:霊学TB:0CM:34
 

今、ここにいる私 

 スピリチュアルでよく言われることに「永遠の今」というものがあります。現在の私達は過去の行いの集大成であり、同時に未来の自分の萌芽であるという意味で使われているようです。

 過去に捉われれば前進力を失い、まだ来ぬ未来に不安ばかりを抱いていてはやはり前には進めません。どちらも私たちから生きるエネルギーを奪っていきます。そこで、今この瞬間に集中する事が、結果的により良い未来を作ることになるのだという意味が含まれます。

 

 では「ここ」とは、、、同じようにスピリチュアルでは、私たちが何かに気付くために、最善の場所に生まれ着いているという考えに基づいています。この場合の「ここ」とは、単純に場所ばかりではなく「立場」あるいは「環境」という意味も含まれています。

 母としての立場、父としての立場、あるいは仕事上の立場や、職務、、、それらの中に、長い転生輪廻の中で、いつの間にか作られてきた、偏った考え、思いを修正する縁(よすが)があると教えているものです。

 

 私達は、今に不満とか不安があると回顧に浸ったり、未来を空想したりします。それらが全て間違っているというつもりはありませんが、過度になると、私たちからエネルギーを奪ってゆく事になります。

 あるいは、もう少し裕福な家庭に生まれていたら、、、とか。優しい人たちがいる町だったら、、、とか。もう少し愛情に触れて生きてくる事ができたら、、、というのもあるかもしれません。もう少し自分を取り巻く環境が良ければ、自分はこんな風にはならなかった。。。という意味なのでしょう。

 

 私達は意図的に生きない限り、その様な環境の影響を好むと好まざるに関わらず受けてしまうものです。だから、その様に思う気持ちも良くわかりますし、同情を覚えることもあります。けれども厳しい見方をすれば、それは逃げの姿勢であり正しく自分を見詰めているものだとは言い難いでしょう。

 そして、その姿勢がやはり、私たちからエネルギーを奪ってゆく事になります。

 

 エネルギーが失われると、それをどこかから補給してこなければなりません。これは最初成功しますが、徐々に周囲もその事に気が付き、いつまでも続ける訳には行かないものです。万年エネルギー不足で生活をすると必然的に消極的、否定的な思考しかできなくなりますが、そこから抜け出るために私達は「今、ここ」に集中しなければなりません。

 今、ここで、何も変え得ないのに、その原因を放置して他の所、他の時を懐かしんでも何も改善されないでしょう。そこに必要な気付きがあるので、私達は「今、ここ」に存在しています。それを放置して逃げようとしても、本当のあなたはそれを許さないでしょう。

 

 「今、ここ」に集中する事は私達の内的なエネルギーを高めます。内的なエネルギーを高める事によって、私達は何かを成す事が可能になります。より質の良いエネルギーを得るためにも、それは非常に重要な事です。

 イマジネーションなどで願望を成就する願望実現のテクニックを実践する人はとても多くなったと思われます。けれど、何故、その願望を成就したいのかと、自分に問い直してみた時に「今、ここ」から逃れようとして、その願望を設定する人も多いように思われます。

 しかし前述の理由から、その時点で既にエネルギー不足に陥っている可能性が大きく、願望は残念ながら成就され難いでしょう。

 

 そして、もう一点、エネルギーを高め様としているのは誰なのか?という問題です。若い人たちと話をしていると、彼らは主語をあまり使いません。自分の事を誰かを呼ぶように名前で呼ぶ人も少なくないように思います。このことは以前の記事でも書きましたが、自己認識が明確では無いということになり、主体が失われてしまっています。

 つまり、何かを成そうとする主体がおらず、当然何も成しえないという事になってしまいます。エネルギーの活動拠点が存在しないのですから。。。

 

 ここで、私たちが自身のエネルギーを高める方法が明確になります。つまり「今」、「ここ」、「私」です。もちろんこれは我を主張することとは全く違います。

 「今」何をしようとしているのか。「ここ」で何をしようとしているのか。「誰」が成そうとしているのか。ということです。

 

 「ここにいる」を意識する事は、私達のエネルギーを高めます。この三つはエネルギーの集約する場を明確にするためです。ためしに、瞑想でも意識的でいる時にでも、この三つを出来るだけ意識してみてください。それだけで、あなたの中で何かが変わり始めるのを感じるでしょう。

 

 この三つを明確に意識する事を「焦点を合わせる」といいます。カメラでもピントがずれていたら、綺麗な写真は取れません。同じように、焦点を合わせずにいたら何も意図しないのと同じです。焦点を合わせれば、自然と美しい映像が結ばれるわけです。

 私達の心には、結ばれた像を現実化する機能が備わっています。それが難しいのは、焦点を合わせていないからです。

 聖書には「求めよ、されば得ん」と書かれています。私たちが求め、神がそれを成します。その焦点を合わせなければ、神様だってどうして欲しいのかわかりません。「いつ、どこで、誰が」その焦点をきちんと合わせて、要求を明確にして下さい。

 

 汲めども尽きない無限の宝庫。。。それと繋がるために、その三つを明確にして下さい。「わたし」は精神と現実の「渡し」であり、誰かと誰かの「橋渡し」です。あなたを通して、宇宙にある全てのものを「結んで」下さい。

 あなたに気付きと、それを成す力が生まれますように。。。

 

2007/04/08 01:23|心象房:霊学TB:0CM:2
 

運命論。。。占術との関係 

 運命論は今回で最後になりますが、運命と占いとの関係を考察しておきたいと思います。運命と占術との関係は色んな観点から考察が可能でしょうから、今回は至って私的な見解として掲載する事をお断りしておきたいと思います。

 

 運命が決まっている、、、となると、この世は至って不公平な訳で、良い星のものと生まれてきた人が得をするということになってしまいます。そこで運命の改善に自然と目が行く事に成り、昨今の風水ブームなどはその典型的なものだと思われます。

 そこで出てくるのが占術的な改善を施せば運は良くなるのか?という疑問です。結論から言って私は半分、真だと思っています。というのは運命の根本は私達の「心の在り方」がまず第一にあると私は考えているためです。しかし、運命が私達の「在り方」を決める訳ではありません。それはとても難しいことではありますが、全ては心の中に要因があるということに違いはないと思っています。

 

 私達の心は本来とても広大で宇宙を包括するものだと思います。心の中にあるものは遅かれ早かれ形になって出てきます。それはつまり「内に在るものを外に見る」のがこの宇宙の仕組みではないかと思えます。そして、心の内にあるものが、外で形を取ったもの、、、それが星の動きであり、暦の流れだと私は思っている訳です。

 つまり星の動きすらも、私達の心とシンクロしている、共鳴しているという事です。ですから星を見れば、その人の心の状態がある程度推測が出来ますし、心の状態はいずれ事件として現実化しますから、そのシンクロを読むことで運命が解るという事になります。

 私達の心が宇宙を動かしていると言っても良いのですが、それではあまりにも荒唐無稽だと思われるかもしれませんね^^;

 

 そこで逆に風水などの運を整えると開運できるのか、、、という事になると、それは出来るでしょう。といっても、あなたの心の中に無いものは開運できません。あくまでも主体は心の方だと思うからです。

 ですから、例えば、あなたの心の中に豊かさという心の要因があり、占いを使って財運向上の風水テクニックなどを使うなら、そのテクニックとあなたの心の間に共鳴を引き起こし、財運向上の出来事が起こりえます。けれども、あなたの心が不足感で満ちている時、つまりあなたの心に豊かさの要因がない状態で、いくら開運テクニックを使っても、財運は上向かないだろうというのが私の見解です。

 もちろん財運向上のテクニックを使っていれば、長い目であなたの心に影響を与え、あなたはそうした心の要因を育てやすくなるでしょう。どちらかの一方通行という事は有り得ないので、運気を整えればあなたの心にも影響を及ぼす事になります。けれども運気任せで意志の働きもなく、その要因を育てるのにどれだけの時間がかかる事か。。。

 風水が100年の計、1000年の計と言われるのも、その様な理由からではないかと思います。

 

 当ブログで当初から積徳に言及してきたのは、徳・・・つまりは、あなたの心の中にある豊かさという概念、正義という概念を育てる事が開運の礎になると考えていたからです。

 

  • あなたの心の動きは宇宙の星々の動きとなって現れている。
  • 占者はシンクロ的に現れた星の動きを見ることで、あなたの心の中にあるものを見る。
  • 心の中にあるものは早晩形(出来事)になるので、結果的に運命を推測する事ができる。
  • 運気を操作する事で、特定の願望を形にすることは出来る。しかし、あなたの心の中に無いものを引き出すことは出来ない。

  

 と、このようにまとめることが出来るのではないかと思います。

 

 私達は、自分の心が宇宙を動かしているなんて想像すら出来ないかもしれません。その想像すら出来ないがために、宇宙は物理的な規則性を持って動いてもいるのでしょう。

 仮にそうだとしても、私が想像する宇宙、あなたが想像する宇宙、誰かが想像する宇宙と、、、、それらがぶつかったら宇宙は滅茶苦茶になるんじゃないか?

 とあなたは思いませんでしたか?

 しかし、残念ながら?そうはなりません。。。証明する事はできませんが、私たちがそれぞれに、自分勝手に考えている事、それ自体が高いレベルでは調和しているからです。

 

 心の広大な広がりに思いを馳せてください。あなたの心が、今この瞬間にも、宇宙を動かしている事に思いを至らせてください。そして、あなたが本当に思うこと、、、それが明日には形になる事を知って下さい。

 多くの人がそれぞれに幸福を手にするために、あなたの心の中に幸せの要因を作り出してください。あなたの心のその要因が、益々幸せを作り出すでしょう。

 

2007/04/06 12:10|占術全般TB:0CM:2
 

2007年4月清明 

 所用が重なり遅くなりましたが。。。^^;

 4月5日13:05 清明(黄経15度)

 二黒丁亥年 九紫甲辰月 九紫己巳日 八白辛未刻 より干支暦での4月が始まります。

 

二黒丁亥年    九紫甲辰月    九紫己巳日    八白辛未刻 
 ┌破┬─┬─暗  ┌―┬暗┬─┐  ┌巳┬暗┬─┐  ┌─┬合┬未五
 │1│6│8│  辰8│4│6|  │8│4│6合  │7│3│5│
 ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤
 │9│2│4│  │7│9│2合  │7│9│2│  │6│8│1│
 ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤
 合5│7│3│  │3│5│1破  │3│5│1│  │2│4│9│
 五─┴─┴亥┘  └─┴五┴―┘  └─┴合┴破┘  暗破┴─┴─┘
 

 九紫月 九紫日 より4月が始まり、九紫火星が重なるのは気になりますが、年盤では九紫には殺気がかかっていませんので、落ち着いた月になるでしょう。

 気になるのは一白水星が年月日の三盤で破となる事。また年盤での暗剣殺に当たる八白土星に月日盤で十二支が付き、時盤では中宮という具合に八白の意味が強化されていることです。

 各九星の象意はリンクを貼っておきましたので、詳細はそちらをご覧頂きたく思いますが、代表的な象意を列挙しますと、

 九紫火星は火にまつわる象意を示しています。火災、メディア、教育、綺麗な女性に関する出来事。

 一白水星は水に関する象意を示していて、水害、病気、僧侶、水商売、病院、中年男性に関する出来事。

 八白土星は山に関する象意を示していて、山間部、ホテル・旅館、マンション等の不動産に関することや、少年、相続問題、または今まで続いていたっことの変化を示しています。

 

本命星一白水星の方: 乾宮月破掛かり、三碧太歳神同会

 月破の影響で今月は何事も思い通りには進み難いようです。期待はずれに終わったり、計画の進行途中で破談になる事もあるでしょう。積極的な行動は慎んだ方が賢明ですが、悪習を破るには向いています。といっても全体的には低迷期なので程ほどに。。。

 乾宮に入っていますので、上司、目上、父親、夫とのトラブルが生じやすい時です。また運転の際は事故にもお気をつけてください。多忙な時期になりやすいので、時にはゆっくり休んで、心身を落ち着けるようにしてください。

 

本命星二黒土星の方: 兌宮支合掛かり、四禄同会

 兌宮に入って支合が付いています。今月は対人関係でGoodな期間、喜びごとも多くなるでしょう。友人との交流も増えるかもしれませんが、金銭の出費には少々注意が必要かも。。。

 新しい恋愛の縁などが生じやすい時期で、この時期に出会った人とは結婚まで進展しやすくなるでしょう。四禄象意を持つ相手なら、その可能性は更に濃厚です。

 

本命星三碧木星の方: 艮宮、五黄支合同会

 今月は艮宮に入って五黄に同会、気分的もに滅入りやすい時期です。気分転換は大いに結構ですが、やりすぎると後悔する事になりそうです。。。

 長男、長女など相続権の問題や古い問題の蒸し返しということも起こりそうです。同会している五黄土星はご先祖を表す星でもありますから。時にはご仏壇に向かって先祖の御供養をされてみては如何ですか?

 

本命星四禄木星の方: 離宮暗剣殺、六白同会

 今月は離宮にめぐり暗剣殺の月。天道という吉星が入ってカバーしてくれていますが油断は禁物です。今まで交流していた人との離別や疎遠になる事があるかもしれませんが、その一方で新しい出会いもあるでしょう。

 離宮は精神、学びの部屋なので、これまでを振り返って整理しなおすのも、暗剣殺を乗り切る方法です。ただ約束事は守れなくなることもありますので慎重に、、、特に目上の方との約束事は良く考えてから、を忘れずに。

 

本命星五黄土星の方: 坎宮、七赤同会

 今月は坎宮に巡って七赤同会。北の天道が巡りサポートがありますが、経済的にちょっときつくなりそうな時期ですので、いつもに増して計画的に行動しましょう。 今までの疲れもたまっていますから、今月はゆっくりのんびりを合言葉にくつろいで、新しい構想を練るのが上策かもしれません。まだ運気は本調子ではなさそうです。

 

本命星六白金星の方: 坤宮、八白暗剣殺同会

 坤宮に巡って八白暗剣殺同会。労働宮坤宮に巡って運気好転のステップに入っていますが、暗剣殺に同会してまだ自重が必要かも。周囲が足早に変化していく様相があり、気持ちが焦る事があるかもしれませんが、ここは着実に前進を心がけましょう。

 坤宮では病象が出ることがあるので、健康管理には注意して過ごしてください。特に腰痛、関節痛などを伴うものに注意が必要です。

 

本命星七赤金星の方:震宮定位対冲、九紫同会

 夜明けの震宮に巡って再指導の時期に入りました。何かと新しいことを始めたくなる時期ですが、七赤を本命星に持つ方は、この宮では定位対冲となりますので実行力にやや欠ける時期です。同会している九紫火星は精神・勉学の星、内面を充実させる事で、今後の運気アップに一役買うことになるでしょう。

 

本命星八白土星の方:巽宮月建、一白歳破同会

 対人関係、遠方に縁のある巽宮に入宮して月建が付いていますので、そちらの方面では何かと忙しい時期。人との交流も多くなる幸運期ですが、新しい出会いは注意が必要かも。。。特に縁談、恋愛での出会いでは相手は辛い状況にありそうなので、きちんと確認が必要です。

 

本命星九紫火星の方:中宮、二黒同会

 中宮に入宮している九紫火星の方は前半は好調ですが後半から息切れしてきそうです。必要な予定は4月20日の穀雨の頃までには済ませておきましょう。後半はゆとりを持って過ごされる事をお勧めします。

 特に仕事、奥さん、お母さん、お婆さんなどの二黒象意に関する事で問題が出来て気安い時期なので、注意の程を。。。

 

 今年、南東から南の方位に玄関のあるご家庭は幸運期ですが、先月から今月にかけては小休止に入っています。

南に玄関のある家:赤いマット、三角形の置物など九紫象意を活用して、暗剣殺を緩和して下さい。

北に玄関のある家:今月五黄殺が入っていますので、白いマット、丸い置物、金属製の置物など六白象意を活用して五黄殺の凶意を緩和してください。

北西に玄関のある家:今月北西の玄関には月破が巡っていますので、青いマット、木製の置物、長方形の置物など三碧象意を活用して月破の凶意を遠ざけてください。

 

 それでは、皆様のご幸運を祈ります。

 

2007/04/06 09:26|開運についてTB:1CM:0
 

運命論。。。気付き 

 今回、運命と占いの関係について書くつもりでしたが、先にchitochitoさんから鋭いご指摘を頂いたので、最後に掲載するつもりだった同文をアップしようと思います。といっても、概要は既にchitochitoさんのコメントに書いてしまいましたので、焼き直しになりますが。。。^^;

 

 まず、私たちの構造は大きく四層構造になっているとされます。「肉体−自我−魂−霊」で、その中で運命を決める要因は魂の中にあると言われ、魂の三つ組み(「霊・魂・エゴ・体」)の内、コーザル体にそれが集約されていると考えられています。

 コーザル体(光明体)は別名・原因体あるいはカルマ体とも言われます。長い転生輪廻の中で私達は様々な特性を持ちますが、その中には俗に言う良いものも悪いものもあります。コーザル体はそのカルマの中からいわゆる悪いカルマの修正を意図し、それを元に一生涯の運命を決めてゆきます。

 これは自分(自我)の誤った思考、思いの修正を図るために計画され、その人が最も気付きやすい環境を生み出す働きを担っています。といっても自我の成長具合に合わせて計画も相応の幅があり、自我が幼い状態では自然原理(例えば因果律)に任せられていることも少なくありません。

 

 この計画は純粋に精神的な意味合いにおいて計画されますので、外面的な出来事ばかり見ていても、なかなか気が付けない事が多いのです。

 例えば経済的な困窮の原因が対人関係での不安にあったり、自分自身に対する信頼感の欠如にあるという具合に、全く別なところに存在している事が間々あります。というより私たちは霊的な存在ですので、物質的な原因で不幸になる事はまず皆無と言っても良く、心の内部における何がしかの不都合が物理的な現象として現れているに過ぎません。

 ですから、あらゆる困難は出来事を何とかしようとしても決して解決する事はなく、一時的に解決したように思えても、いずれ似た様な問題に直面する事になります。気付きが得られるまで、それが延々と続きます。

 逆に自分の内面的な問題に対する気付きがあった場合、心の中にある不都合は解決されていますので、もはやその問題を体験する理由は何もなく、従って速やかに解消してゆく事になります。もし、これを体験されるなら、その劇的な変化にきっと驚かれる事でしょう。

 

 この気付きを得るためには、私達はまず自分に気が付いていなくてはなりません。自分に気付いているとは、今ご飯を食べているとか、横になっているとか、外面的なことばかりでは勿論ありません。自分が何を考え、何を思っているか、、、という事です。

 自分の精神活動に気が付いている事で、自分の心の癖が解って来るでしょう。そのような時に重要になるのが中庸の心、自分にも他人にも偏らない心となってきます。エゴは自分を主張しますが本来私達は一つであり、自他というものは存在しません。よって、どちらかに偏るのも不調和な心となってしまいます。

 簡単に言えば、あなたの思いや考えが、自分を卑しめたり、否定したりするものではなく、同時に相手をも卑しめたり否定する事がないように、という意味で「ありのままに見る」とは、そのような事だと思ってください。

 ですから、あなたの決断、考えが、誰かを苦しめるものであるなら、それは間違っていますし、同時に自分に荷重をかけてしまうものなら、それもやはり間違っています。このバランスから外れたもの、それが悪しきカルマと言って良いでしょう。

 

 逆に最善の選択とは、人にとっても自分にとっても、あるいは他の人にとっても最高の選択です。私達は多くの場合、誰かが得をするためには、誰かが我慢しなければならないと考えます。その様な事しか生じないのだと思い込んでいますが、宇宙が真の愛だと気が付くなら、いつでも、誰にとっても最高の選択肢が存在している事に気付くようになるでしょう。

 

 ところで、私達はこのことに気が付き始めるまで、色んな事を考え、思い、悩みます。考えて最善の答えというか妥協点を見出そうとします。しかし自分に気が付いている人は、ただ、聞くだけで答えを得るでしょう。

 自分に気が付いている事の大切さのもう一点はここにあります。最善の応えはいつでも与えられています。魂はそれを知っていますし、その様にしたいと思っているのです。魂とはその最高の出来事を体験する主体であり、それをするために私たち(自我)を送り出しています。自我がツールだと私が時折り書くのはその事です。

 そこで「本当はどうしたいのか?」を感じ取るために自分に気が付いている事、内に向かう必要があるのです。

 

 従って苦労・困難は最高を体験するためのスパイスです。しかし、味覚音痴になっていると、どんどんスパイス(苦労・困難)を多用します。他の人が食べられないほどの味になってようやく気が付く人も少なくありません。文明の成熟期に様々な問題が生じるのは、物質性にばかり気をとられ、味覚音痴になっている事が原因としてあります。

 通常、どの様な困難も、最初は些細な事から始まります。この時点で気付き、軌道修正をするなら、困難は生じないでしょう。しかし味覚音痴になっている私達は、それで気付く事は稀で徐々に問題を大きくしてゆきます。そして、手に負えないほど大きくなって何かがおかしいとようやく思い始めます。

 ですが、この場合でも、手に負えないことは何もありません。必要な事は気付く事。その気付きを継続する事です。

 

 運命は私達の敵ではありません。それは気付きを促す出来事に過ぎません。しかし、特に現代人は自分の心に目を向けなくなっていて、それ故に大きな出来事を発生させています。誰も良心を教えなくなって久しく、それを知らずに育つ人が増えているためです。

 話が少しそれますが、これは個人だけに留まらず世界的な現象でしょう。つまり、世界は問題を大きくする方向へと進んでいます。

 自然環境的な異変が生じているにも関わらず、自分が出来る事は世界の大勢には何も出来ないに等しいぐらい微々たる物だと、目を背けてはいませんか?

 世界で紛争が続いているのに、自分には直接関係がないとタカをくくってはいませんか?

 大きな魂は気付きのためのシグナル(出来事)を送っていますが、それに本当に気付いている人は微々たるものです。気付かない事で、あるいは気付かない振りをすることで、世界的な規模で問題を大きくしようとしています。

 あなたの身体はそこに行けないかもしれませんが、心はいつでも行く事ができるでしょう。あなたの心を向けて下さい。取り返しが付かなくなる前に。。。

 

 少しまとめましょう。

 私たちが物質性にばかり目を向け、それに捉われている限り、私達は反応を止めることが出来ません。従って、運命に従う以外なく、問題を拡大し続ける事になります。

 自分の心に気が付いている事、それによって気付く事ができ、内なる声に耳を傾けることが出来ます。

 気付く事ができれば、運命は速やかに通り過ぎます。なぜならそれは、気付きを呼びかけるものだからです。

 その呼びかけを無視するなら、運命はいつまでもあなたの所に居座って叫び続けるでしょう。あなたも普段そうしているでしょう?相手が気付くまで叫び続けませんか?時には声にならない声で。。。

 気付きを通して、あなたが魂(本当の自分)とつながるなら、あなたは自由意志を得て、運命の創造が可能になるでしょう。

 

2007/04/02 11:45|占術全般TB:0CM:2
 

運命論。。。時の瞑想 

 昔、「時の瞑想(←勝手な命名)」というのを結構やりました。目の前に時計とか、時報の出ている番組をつけながら瞑想して、時間と時間の狭間を観想するという瞑想です。秒針が1秒動くその間の狭間に入り込んでゆくように観想し続けます。

 その瞑想が続くにつれて、たった1秒間がとてつもなく長くなり続けます。そしてついには殆んど時間が停止した状態になり静寂だけが広がります。 真っ暗な空間の中に自分の意識だけが放り出され何もない世界、全てが止まった世界です。

 

 時に意識を向けると、ぽつぽつと水泡のようなものが見えてきます。大小様々な、その水泡の中にそれぞれ一つの宇宙が閉じ込められています。

 それを更に見詰めると、生きている宇宙が見えてきます。直感的にそれが「今」であるとわかりました。丁度その「今」の宇宙を中心に渦を描くように無数の水泡宇宙が広がってゆきます。それらは別の宇宙などではなく、どれも私達の宇宙でした。

 私達の選択の数だけの無数の宇宙が、そこにはあらかじめ存在していました。今日爪を切ろうか切るまいか。。。それぞれに対応する宇宙が存在しています。

 

 その水泡宇宙の大きさはとてもまばらで、大きなものもあれば、小さなものもありました。同時に、小さなものが大きくなり、大きな物が小さくなる事もあります。。。誰かが選択を変えたのでしょう。水泡宇宙の大きさは選択される可能性の大きさと比例しているようでした。

 一つの宇宙が選択されると、その宇宙は命を持ちます。私達の存在している宇宙が切り替わります。選択されなかった宇宙は小さくなり、モノクロの宇宙のままに留まります。一人の選択は、私たちが存在する宇宙を変えてゆくという事らしいのです。

 過去から遥かな未来まで、無数の宇宙が連続し呼び出されるのを待っていますが、全ての未来はそこに存在していました。

 

 もし現状が気に食わないのなら、それはいつでも変える事が出来ると始源の声が聞こえます。本当に変えようと思うことによって。。。

 

 それらの、それぞれの宇宙には固有の振動数があります。その振動数に自分を調和させる事によって、いつでも望ましい宇宙を選ぶことが出来ると、その声は言いました。

 さて、しかし、どのようにして、その振動数を自分のものとすれば良いのでしょう?その声は、そこまで教えてはくれません。存在は意地悪なのです(笑)

 

 私たちが自身の振動数を変えるには継続された自己認識、つまり、自分に気付いている事が必要になります。新しい振動数を獲得しようとしても、その意図をすぐに忘れてしまうと、もとの振動数に引き戻されてしまうからです。だから、私達は少なくとも新しい振動数に馴染むまで、意識的にその状態をキープする必要が出てきます。

 もし、あなたが、喜びの振動数を持っているなら、あなたは喜びの詰まった宇宙を引きつけ、宇宙は常にあなたに喜びをもたらそうとします。逆に、あなたが苦しみの振動数をまとっているなら、あなたは苦難の宇宙を引き寄せ、宇宙は苦難をあなたに提供します。

 従って、運命はあなた自身にかかっているといえるでしょう。けれど従来の方法のように、外にばかり向かう方法ではなく、内に向かう事によってでなければ運命は変わらないでしょう。なぜなら特定の宇宙を引き寄せる磁石はあなたの内側にあるからです。あなたのチャンネルを変えてください。そうすれば、美しい風景があなたのテレビに映し出されるでしょう。。。

 

 あなたが今まで必要だったもの、今必要なもの、これから必要になりそうなものは、全て、既に、存在しています。しかし、それを見つけるためには、あなたの心の振動数をそれに合わせなければなりません。

 あなたの心が赤い光を放っているなら、赤いりんごはきっと見えないでしょう。あなたが黄色い光を放っているなら、黄色いレモンは見えないでしょう。あなたが、あなたの心から出す光によって見えるものと見えないものがあります。もし、あなたが、自分の心からどんな色の光でも出す事を拒むなら、あなたは何も見ることができないでしょう。

 この光のように、宇宙には必要な全てのものがありますが、それを見つけるのはあなたに任せられています。

 

 

2007/04/02 00:06|占術全般TB:0CM:0
 
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