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趣味占放談

主に東洋占術の思想を使ってあれこれ考察しています

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Author:やわたうま
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ある匿名の詩 

 だいぶ昔、匿名でニューヨークタイムズだったかな?に投稿された詩です。どんな事があろうとも全ては最善だと言っている詩、そうは思えなくても。。。と。

 

 

 私は知っている。

 年をとるにつれて、 もっと、ものが見えてくるが、

 どの極悪もすべて、その底には正義の根が横たわっている事を。

 哀しんでいる人は滅多に知らないが、 哀しみにはそれぞれ狙いがある事を。

 太陽が朝(あした)を廻らす様に確かに、

 およそ在るものは、全て最善なんだと。。。

 

 私は知っている。

 罪の行いの一つ一つが、夜が帳(とばり)を下ろすように確かに、

 どこかで、いつかは、罰せられるという事を。

 たとえその時は、ずっと遅れることはあっても。。。

 

 私は知っている。

 魂は時に、心の不安によって育まれ、

 成長はしばしば苦難を意味する事を。

 しかし、おおよそ在るものは、全て最善なんだと。。。

 

 私は知っている。

 この大いなる計画に、決して狂いはない事を。

 またあらゆるものは結局、人間のために協働していることを。

 

 私は知っている。

 私の魂が、この壮厳な永遠の探求へと急ぐ時、

 地上を顧みて私は言う。

 おおよそ在るものは、全て最善なんだと。。。

 

 

 全てが最善だと「知る」ことは容易な事ではないと思う。人生の出来事の久遠の流れを知らなければ最善だと知ることは出来ないし、私たちにとって宇宙がどのように働いているかも洞察しなければならない。。。

 それらを一つ見つけるたびに、全ては最善だと信じる力が育ってゆく。。。そして、信じる力がついた時に、また新しい事実が見つかってくるだろう。

 そうやって最善だと信じる心は、やがてただ知っている事実になって行く。。。ちょうど、太陽は東から昇ると知っているかのように、りんごは地面に落ちるとただ知っているように。。。

 

 全ては最善だと洞察し、信じ、体験する。。。この循環が「知る」心を強めてくれる。そしてやがて、それは推測でも、憶測でもなく、単なる事実になって行くだろう。すると誰も、全ては最善なのだろうか?と、考えもしなくなる。

 あなたは、りんごは地面に落ちるのだろうか?と、考えるだろうか?

 明日も太陽は東から昇るのだろうか?と、考えるだろうか?

 また、今日も水は低きに流れ、火は上を目指すのか?と、考えるだろうか?

 

 あらゆる疑問を通り過ぎ、知り尽くして疑問にすら思わない時、それが最大の信念であると思う。

 全てが最善だと、あなたがただ知る時、あなたは誰も裁かず、出来事を判断しないだろう。その出来事が、その人にとって良い事か悪い事か?という問いかけ自体無意味だからだ。

 私たちが誰かを裁こうとするとき、私達はまだ最善を知らない。。。

 もし、私たちがそのようにして最善を知るなら、、、その時、私達は神を見るだろう。そして常に、神と共に在るだろうと思う。

 

2007/08/29 16:51|心象房:霊学TB:0CM:0
 

気付かざる気付き 

 人生、生きていると色んなところに気付きや学びがあるものです。でも、時々思うのは。。。

「そうなんだ!」

と、納得するものだけが学びや気付きじゃないんだと、痛切に思う時があります。

 もちろん自分で納得できた方が、学んだ!という言う気がしますし、それはそれでとても大切なものだとは思います。けれど、ある時読んだ本にこんな事が書かれていました。。。出典は忘れてしまいましたが^^;

 

 ある所に何でも自分でこなす母さんがいたそうです。女手一つで娘を育て上げ、誰からも後ろ指を刺されないようにと、いつも心掛けていました。

 娘が成長し素敵な伴侶を見つけたときも、娘は母に同居するように願いましたが、そのお母さんは娘にも迷惑をかけたくないと一人暮らしを決めました。

 人に頼ることがとても苦手で、誰かに頼るより自分で何でもやった方が気が楽だと思っていたのでしょう。。。

 それだけの気構えがある女性だけに、実際なんでも一人でこなす事が出来ました。。。けれど、その母親は晩年身動きが取れない状態になります。何でも自分でこなしてきた母親が、自分では何も出来ない状態になってしまったのです。

 母親のショックは相当なものでしたし、母の気性を知っている娘も、そのことがとても心配でした。母も、娘も、こんな状況にした神様を恨むほどに。。。

 その母親は数年寝たきりになって、何から何まで娘の世話になりっぱなしで他界します。

 そのことから神様不信に陥った娘ですが、あることから、母が寝たきりになった事が実は祝福だったと知ります。。。

 

 そのお母さんは前世が修道女で、人の世話をし続けて一生を終えていました。

 お母さんのお世話になった人たちの中には、何かの形で恩返しをしたいと思っていた人たちもいました。けれど、その人たちの感謝の気持ちをずっと断り続けたのです。お母さんだった修道女は、愛は施すものだと、、、そう信じていたからです。

 その性格は生まれ変わっても失われる事は無く、今世でも人の為に何かをする事はあっても、誰かから何かをしてもらうことはありませんでした。

 その彼女が何故寝たきりになったのか。。。それは、誰かに、何かをしてもらうためでした。。。

 

 彼女は二つの生に渡って、誰からも何かをしてもらう事を拒み続けました。それはきっと、私たちの眼から見れば、とても素晴らしい生き方に見えるかもしれません。。。けれども、そのために彼女は感謝を知らなかったのです。。。

 数年間、寝たきりになって、何から何まで誰かの世話になる。。。それは彼女にとっては大変な不幸だったでしょう。自分も神様をも呪い続けたに違いありません。。。けれど、その体験によって彼女は感謝する気持ちを取り戻しました。。。 彼女にとってそれは大変な祝福だったのです。

 その事に彼女が気が付いた時、きっと静かに息を引き取ったのでしょう。。。でも、もしかしたら、自分が感謝を本当に知ったと言う気持ちは彼女には無かったかもしれません。。。心の深い所で、彼女が感謝の気持ちに気が付いたとしても。。。

 

 この話を思い出すたびに人生に起こる出来事は、きっとみんな、その様なものに違いないと考えを新たにします。私達の人生には、その人生を生きる本人すら気付かない気付きや学びがあるものだと。。。

 「あっ、なるほど!」と気が付いた事ばかりが大切なのではなく、とても学びとか気付きとか思えないようなことの中に、神の祝福が秘められているのではないかと。。。

 そう思うと、出来事の一つ一つに、幸運だ、不幸だと名を付けるのは申し訳ない気がしてきます。。。

 そして、私は何に気付かずに気付いているのだろうと。。。

 

 早くも前言を撤回してしまいました。。。^^;

 

2007/08/23 00:37|心象房:霊学TB:0CM:5
 

インドで共に学んだ方へ。。。 

 最近、何故か時間がなく、落ち着いて記事を書くことが出来ません。。。

 間に合わせの記事を書くというのも性分ではないし、、、いつも来て下さっている方には申し訳ないのですが、どうか気長にお待ち下さい。。。^^;

 けれど私自身の方はというと、色々と気付きや、新しい展開に満ちています。まあ、生活はいつも通りなのですが、内面的なことですね。。。

 こんな事を書いた次の日から、バンバンと記事をアップすることになったら、いい加減な奴と思われそうですが。。。(笑)

 ところで、最近、少々気になっていることがあります。過去世にまつわる記憶で、幾つかのそれらしい記憶を持っておりますが、だいぶ前にこんなビジョンを見たことがあります。。。

 今でも私はその場所をインドだと思っていますが、ちょっと土っぽい草原で、変わった形の木々が点在している場所があります。。。(と言っても、実際にそれがあるかどうかは解りません。あくまでもビジョンの中で見た場所なので。。。)

 その場所には結構大きな川が流れていて、川からその草原に至る所は少し小高い土手のようになっていました。川から上がって土手を越えると大きな一本の木があって、その木の下でよく瞑想をしていました。時々そこは数人の仲間が集まって、色々と議論を交わす小さな集会場所でもありました。

 ある日、いつものように私達はそこに集まって色々な議論を交わしていました。その日は私も含めて5人ほどの男の仲間でしたが、その議論とは多分仏法について、、、だったと思います。

 当時、お釈迦様は破竹の勢いで名声が広まりつつあった頃で、私達はお釈迦様の教えが本物かどうか、、、多分そんなことを議論しておりました。

 その時代インドでは晩年になると出家する習慣があったといわれます。それまでは若い男性は一家の大黒柱として家を支えなければならず若くして出家する事はまずありません。けれど、そうした習慣があること自体、人々の法に対する関心は高かったといえましょう。

 そのビジョンの中での私達の年代は二十歳前後だろうと思います。だから本来なら出家は許されない年代で、にも関わらず出家していたという事は、きっと当時は真剣な求道心があったからなのだろうと思います。

 議論の結果、私たちがどの様な行動をとったのか、、、残念ながら、それは解りません。お釈迦様の説法をじかに聞くことが出来ていたならとは思いますが、恐らく希望的に過ぎるでしょう。

 さて時代が変わると、その時代の影響を受けて、思わぬ方向へと進むことがございます。まして現代のように色んな選択肢がある時代では尚更です。けれど、そのこと自体、魂の中に求道心という欲求を持っている人たちには随分と窮屈な世界です。

 その世界に翻弄されて、自己の内にある欲求に気付かずに、あらぬほうへと進んでしまう。。。これもよくあることでしょう。実際の所、私もその様に生きてきましたし。。。

 よく感じるのは、その求道心を心のどこかに持つ人たちは、物質的な一辺倒の価値観しかない現代の中では、随分と苦労が絶えないということです。まるで、その求道心を思い出させようとでもするかのように。。。

 この「道」は、この世の至る所にございます。否、むしろ道の無い所は無いと言っても良いでしょう。だから見かけ上、私たちがどんな道に進んだとしても、、、それ自体が問題なわけではありません。けれど魂の底に横たわっている欲求に目を向けずに無視し続けるなら、どんな事もうまく行かないのではないかと思います。。。

 女性の社会進出が進んだとはいえ、やっぱり男性は一家の大黒柱です(少なくとも私の年代の男性は、そう思っている人が多いはず。。。)。まして、経済的価値観が神のように崇められている現代では尚更プレッシャーものしかかります。

 生活するために働く。。。大切なことですが、同じ働く、という中にも魂の欲求に答えうる視点を見出すことは重要なことだと感じます。

 インドで共に学んだ友たちよ。。。思い出してはみないか?

2007/08/22 17:15|雑記TB:0CM:2
 

ミクロコスモス、マクロコスモス。。。No1 

 秘教的な世界では私たち人間のことをミクロコスモスと呼んでいることは御存知の方も多いでしょう。宇宙と人間には完全な相関関係があるという思想が、長いこと秘境的教えの根底にあります。

 そんな中から今日は最も身近なマクロコスモス、、、太陽系と人間の心にまつわる事を少し考えてみました。

 

 冥王星論争も終わり、惑星という定義では太陽系は以下のように変わりました。

 

太 = 水 = 金 = 地-月 = 火 = 木 = 土 = 天 = 海

 

 占星術的には地球は私たち自身の事ですので数に入れませんが、変わりに月が地球の位置に来ます。

 この並びを人の心の働きに対比させると下のようになります。ちなみに古い秘教では土星までしか用いませんので、ここでも天王星以降は省きました。

 

  • 太陽:自我意識、意志
  • 水星:知性、理性
  • 金星:欲求、感情
  •  月 :無意識、感情
  • 火星:怒り
  • バルカン(アステロイドベルト):前意識
  • 木星:拡大性向?
  • 土星:抑圧されているもの、カルマ、不安、恐れ

 

 スピリチュアル占星術では太陽、水星、金星の内惑星は自我を象徴していると考えられていますし、火星、木星、土星の外惑星は社会性とか本人と社会との関わりから生まれるものを象徴していると考えられています。

 ちなみにそれ以降の遠外惑星は無意識を象徴しています。月も無意識の象徴ですが、これはどちらかというと極めて個人的な無意識とか、意思を必要としない行為などを示していると思われます。

 

 月が地球に最も近いという位置関係は、日頃の行動が無意識的に行われている事の現われですし、次いで金星と火星が両脇に座しているので、人間の次なる基準は欲求と怒りであると示しているように思います。

 金星は一般に恋愛を示す星ですが、ここでは欲求から生じる感情という意味合いが強まります。これに足して月の感情というのは無意識の中に蓄えられている記憶から生まれるものと捉えてよいでしょう。

 

 次には水星と、バルカンが来ます。バルカンはセレスとかジュノーなどの小惑星がある地点で、これらの星はどれも社会や家庭と自分の関わりを示しています。つまり個と社会性の境界の象徴がここにあると思って良いのではないでしょうか。

 私達の心理的な側面では、顕在意識と潜在意識の境界に当たる前意識に相当すると思われます。

 

 ちなみにバルカンはローマ神話のウルカヌスのことで、ギリシャ神話では鍛治の神ヘパイストスと同一視されています。言ってみれば「技術」であるわけで、社会との個との関わりにはすべて「技術」が付きまとうということになるのかもしれません。

 それは工業技術などもそうですが、自分の気持ちを伝える技術(話術)や、人を掌握する技術、能力を発揮する技術なども含まれます。人は自分一人でいる時は、そうしたものを必要とはしませんが、第二者以上の人たちといる時とても重要な要素になります。

 この事はとても重要で、対人関係でコンプレックスを持っている方の多くは自己表現の技術が未熟であったり、また、逆にコンプレックスからその技術が萎縮してしまうケースが多いように思います。

 けれども、それはあなた自身の欠点というわけではなく、厳密には表現技術の未熟さから来るものです。私達はこの辺を明確に区別してはいませんが。。。

 

 私達は地球の位置から太陽の方向へ向けて進化しています。無意識的行動から、欲求を認識し、それを達成しようとする。。。そしてそれが知識を蓄えることにつながり、、、徐々に理性として進化してきます。

 理性が生まれると、その理に自分を従わせようとする意志が必要になります。鍛えられた意志はやがて全ての精神活動の中心となるものです。

 私達の精神的な進化は今太陽に向かいつつあります。が、その前に水星の位置を充実させなければなりません。これは知識を蓄えよ。。。ということではなく、論理性に注目しなさいという意味です。

 知識は論理性を確立するためのツールに過ぎず、その多寡が問われるわけではありません。

 

 知識の質を高めることは、必然的に理性を生み出します。これは人生の公式とか、自然の摂理といった「理」に精通することを示しています。

 そのため高度に発達した理性の持ち主達は、私たちから見ると極めて似通った性質を持っているように思えるでしょう。

 理によって正しい道、あるいは望ましい道が見えてくれば、その方向へ進むべきであることは自明です。。。となれば、それが出来るか出来ないかという意志の問題となります。

 正しい理性の出現を待たなくては、人に意志が生まれることはありません。

 

 ともあれ、このように私達の太陽系と私達の心は互いに鏡像の関係になっています。三王星についても同様な解釈を施すことは可能ですが、それはより深い私たちの心に関わっているので、また機会があった折には書いてみたいと思います。

 心を知るための一つのツールになれば幸いです。

 

2007/08/16 11:51|命術房:占星術TB:0CM:0
 

先祖の御魂を迎えて 

 今日からお盆ですね。旧暦の行事であったお盆も新暦で行うところが多くなりました。今では旧盆なんて知らない人も多いかもしれませんね。。。^^;

 しかし今日はとても特別なお盆なのであります。占星術的な意味で、ですが。。。

 というのも今日は新月、旧暦の7月1日です。月が新生し、満ちるへ向かう日。と同時に心霊を表す海王星が月の真反対側に位置しています。

Art004.GIF

 こんな珍しい配置になるお盆はそうそうあるものではないでしょう。

 今日は皆様、ご先祖様に日頃の御加護に感謝を捧げ、線香の一本も心から手向けてみては如何でしょう。珍しい星の配置が皆様の感謝の祈りをご先祖様に届けてくれるかも。。。

 我が家には仏壇がないから、、、などと言っているあなた!

 仏壇は無くてもご先祖様のいない人はいませんね(笑)

 コップにお水を添えて、祈るだけでも十分伝わると思いますよ。。。 

 奇しくも今日はペルセウス流星群も極大になる日。この不思議な一夜を過ごした後は、流れ星をつまみにちょいとビールというのもいいかもしれません(笑)

 あなたの祈りが、ご先祖様に届きますように。。。

2007/08/13 16:54|雑記TB:0CM:0
 

今、地球で何が起こっているか。。。 

 今回は皆様に是非読んで欲しい一冊を紹介します。

 既にご存知の方もいらっしゃるでしょうけれども、今、私達の地球で何が起こっているのか、、、深く考えさせられる一冊です。。。一冊ではありませんけれど^^;

 その本とは、先年ブッシュ大統領と大統領の座を競い、実に僅差でその座を逃したアル・ゴア氏の著書とDVDです。

 彼は政治家である前に一人の科学者であり、近年叫ばれている地球温暖化の警鐘をいち早く訴えておりました。30年に及ぶ研究結果から、この温暖化の原因が何処にあり、今、地球はどの様な状況にあるのか。。。それを豊富な資料とスライドで説明してくれています。

 地球温暖化の影響は、恐らく誰もが緩やかに始まって、緩やかに来ると思っていることでしょう。しかしそれはある日堰を切ったように突然やってくるといいます。

 いまや地球の悲鳴は誰の耳にも届いているはずです。その悲鳴に耳を傾け、今すぐにでも始めなければなりません。何が自分に出来るか、、、などと考えている余裕がないほど深刻な差し迫った状況なのですから。。。

 無駄なエネルギーを少しでも使わないようにするのもそうです。でも食べ残しをしない、、、というだけでも温暖化防止の助けになります。ほんの些細なところに、あなたが出来る事は沢山あるとゴア氏は訴えています。

 ここで私がとやかくと言うより一読して頂いた方が宜しいでしょう。是非一冊でもお読み頂くか、DVDも出ておりますので御覧頂けます様に、心からお勧めいたします。。。

      

 私たち自身のために、、、そして、私たちの子供のために。。。

2007/08/04 10:48|雑記TB:0CM:2
 

コウノトリが飛んだ意味。。。 

 昨日の記事で気が重くなる話を取り上げたので、今日はちょっと明るい話題を。。。(笑)

 

 もう皆様ご存知でしょうが、兵庫県豊岡市でコウノトリの巣立ちがありました。自然界での巣立ちは福井県小浜市で1961年にあった以来46年ぶりという事で、とても御目出度い話です。

 けれどただ御目出度い御目出度いでは、当趣味占放談の沽券に関わるので(爆)ちょっと分析を。。。

 

 1961年、、、1960年代という時代は高度成長期の真っ只中で、お父さんもお母さんも一生懸命働きに出ていた時代です。それまでは主婦は家庭を守るものという風潮がありましたが、その風潮が破れて明確になった頃と言っても良いのではないでしょうか。。。

 けれど、それが原因で日中両親共に不在といういう家庭が多くなり、学校から帰ってきた子供たちは両親が帰宅するまでの間、一人で過ごすという家庭が増えました。

 子供だけの留守番では不安という事で、お母さん達が帰ってくるまで鍵をきちんとかけておきなさい。知らない人が来ても絶対ドアを開けちゃだめよ。。。という事で「鍵っ子」などという言葉が流行した時代でした。

 その影響で、それまではお弁当というと外に持って出るもの、、、だったものが、持ち帰りの弁当屋さんなどが生まれる契機にもなりました。

 そういう環境で生まれた子供たちが1967年だったかな?にはピークになります。以後出生数が減少し始め、少子化の道をひた走る事になる訳です。

 

 もう察しの良い方は私が何を書こうとしているのかお分かりでしょう。そうコウノトリは子供を運んでくる鳥として有名ですよね。皆さんの、大勢の方の中にはその様なイメージで無意識の中に焼きついています。

 そのコウノトリが日本で巣立ちしなくなった年が、子供たちの環境の激変期とリンクしているということです。

 

 気学的には鳥は四禄の象意なので信頼とかコミュニケーションを表します。特に子供を象徴するコウノトリが巣立ちをしなくなったということは、子供たちのコミュニケーション状況がうまく行かなくなることを示していたと考えられます。

 両親と子供の信頼関係も象徴していたでしょう。何しろ仕事のためとは言っても子供を家に置き去りにして、子供とコミュニケーションをとる時間も持てず、いて欲しい時にいてくれない両親に対する不信感は、子供たちの中で増大した事は容易に推測できますから。。。

 信頼関係を築けなくなると、その支障は結婚生活に出てきます。実に四禄木星は結婚の星ですからね。。。

 

 そのコウノトリが46年ぶりに巣立ちをしたという御目出度いニュースは、これらの事の改善が始まるという天からのメッセージかもしれません。

 実際、昨年でしたか、、、まだまだ楽観は出来ないものの少子化に歯止めがかけられたという報道もありました。グッドタイミングだな〜と思います。

 巣立ちという不安は抱えているものの、きっと元気にそのコウノトリが大空を飛び回ってくれるものと祈ります。

 

 そして、この日本でも、信頼や、コミュニケーションに向けて新しい展開が始まろうとしているのかもしれませんね。

 少なくとも日本人の無意識は、46年間の苦い体験の中で、互いに、そして親子が信頼できる環境を求め始めたのではないかと、、、思います。

 これは意味深な明るいニュースにエールを送らずに入られませんよね(笑)

 

2007/08/01 11:08|雑記TB:0CM:0
 
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