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趣味占放談

主に東洋占術の思想を使ってあれこれ考察しています

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Author:やわたうま
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11.地天泰:和合の道 

 地天泰(ちてんたい)

 この卦は地の卦が上にあり、下へ下がろう下がろうとし、天の卦が下にあって、上へ上がろう上がろうとするので、天と地がピッタリとくっついて離れず和合している。それ故に万事安泰であると書かれています。

 

 天の卦は力、権威、権力のある人を示し、地の卦は労働階級とか一般的な人を示します。卦形を見ると、その権力のある人が下になって、力のない一般市民を押し上げようと支えている形をしていますから、このようであってこそ社会は安泰であると解いているわけです。

 地の卦は下へ下ろうとするのですから、自分の分をわきまえて謙譲の心を忘れず、力ある人は弱い人を支えようとして持ち上げている。。。まさに、理想的な国家像ではないでしょうか。

 

 また天卦は主人、地卦は妻女を示しますので、最も小さな単位の国家である家庭もかくの如しというわけです。

 私はこの卦を見ると、いつもカカア殿下の家庭ほどうまく行くのではないかと思います。と言っても、ただただ妻女が一家の主人を見下しているようでは、謙譲の心に欠いていますので論外ですが。。。

 天卦は剛強で動いて止まずの卦なのですが、そうであってこそ妻女を支える事ができます。実のない男性は、その支える力が弱いのも現実でしょう。

 卦形を見ると陰と陽の数が同じですから、男女ともにバランスが取れていること、、、それが最も大切なことかもしれません。

 

 ところで、地は物質、天は諸法を表しています。物理世界が安定していられるのは、絶えず諸法が働いているからで、この働きなくして世界はその形を留める事は出来ません。

 私たちには、上にある地(物質)のみが見えて、その影で働いている天(諸法)は中々見る事が出来ません。それ故に、往々にして形あるものにのみ捉われ、諸法を忘れてしまいます。

 易経では「体」と「用」という概念がありますが、これは見た目と用き(はたらき)という意味です。言葉を変えれば、行動と考えともいえますし、心と身体とも言えるでしょう。よく言われる霊主体従という概念と一致するように思います。

 形あるものは、その後ろに隠れた働きによって支えられている事を知るのはとても重要な事だと思います。

 

 地は安定、天は変化という意味もあります。。。もし、そのままに読めば、安定は変化が支えているという事になります。これは物理などの世界ではとても常識的なことではないでしょうか。。。石のように堅固な形も、原子レベルでは忙しく動き回っているという、そんな世界を表しているのかもしれません。

 人の心も同じで、昨日のAさんと、今日のAさんが同じように見えても、気が付かないところで絶えず変わっています。それ故に変わっていないように見えるのかもしれませんね。。。

 

 ところで地卦は妻女、母を表す卦ですが、心理学では母性の事をアニマというのはご存知でしょう。このアニマはラテン語の「魂」から来ている言葉ですが、文字通り女性性は魂を象徴しています。魂の事を「心魂」というように、私達の人格的個性や働きの象徴です。

 これに対して「霊」は男性性を象徴していて、それが天卦に喩えられます。

 地天泰は、魂と霊性の和合を表していると読み解く事ができます。地は従順を意味し、天は能動性を意味します。つまり、私たちが自己の霊性に耳を傾けることが安定した人格を築く道筋だと教えているようにも思います。

 従って女性性と男性性の結婚は、一人の人間の内部でも起こりえます。というより、私達はそれこそが目的で存在していると言えるかもしれません。

 

 最後に六爻の意味を簡単に紹介致します。

 

初爻:同志とともに活動せよ。。。。霊と魂の考えを一致させよ。

 聖書には「二人(霊と魂)または三人(霊・魂・体)が、わたしの名によって集まる所には、私もその中にいるのである」・・・マタイ福音書

 ここで聖句を引用したが、同志とは理念を同じくする者という意味であるから、厳しい話だが理念のない人は同志に値しない。理念のない人は、その時々の気分、好き嫌いや自分の都合で物事を判断するからである。。。

 

二爻:汚濁を包容する度量、大河を徒渉する果断さ、疎遠な者と親しむ配慮、私縁を断ち切る公平さ、これらの大いなる徳を備えるならば、泰平の道をゆくことになる。

 易経では、たびたび自分の好き嫌いで判断するなという訓戒が出てくる。この爻は中正の位置なので、偏りを持つのは宜しくないと教える事が多い。

 

三爻:諸行無常、盛者必衰の理を知って、惑わされずひたすら誠を尽くしなさい。もし相手にそれが通じなくても気にする事はない。

 形のあるものは変わり行くもので、それは人の心も例外ではない。今通じなくともいずれ通じる事もあり、今通じていても、いずれ通じなくなる事もある。その度に、右だ左だと騒いでも詮無い事で、ここで気にするなとは、相手の対応に惑わされないようにという意味だろう。自分が真と思った事を淡々とすれば良いだけである。

 

四爻:自己満足に陥らず、ひたすら教えを乞う。心から乞い願えば自ずと誠心は培われる。

 自分が何かに通じ始めると人は必ず増長する。通じるとは、誰かと比べて、力量が上だとか下だとか、そのような事ではないと思う。何かに通じようとして一心不乱に努力をしているなら、自分がどの程度通じたかは自ずと解るもので、この時、自分の中に得心という琴線に触れる一本の筋が通る。。。

 この筋は誰かと比べて得られるものではなく、その筋が通ったと思わぬ限り、ひたすら乞い願うしかする事がないものだと思う。

 心の琴線に触れた音色は様々で、弛んだ琴線の音色で満足する人も、はたまた、それでは満足できぬ人もあるが、もとより何か(誰か)と比べて聞こえる音色ではないので、これまた、ひたすら自己の心の音色を効き続けるしか道はなさそうだ。。。

 

五爻:常に謙虚であるように。

 世の道理が見えてくれば人は謙虚にならざる得ない。人は最初、人と自分を比べるが、そのうち、人ではないものと自分を比べ始める。それにも飽きれば、結局自分で自分を比べるしかなくなるように思う。その時の自分は中々に厳しい。。。

 

上爻:いたずらに力で解決しようとしてはいけない。

 力で解決しようとするのは一番簡単で楽な方法だと思う。時にそれは腕力であったり、言葉の力であったりするが、知力を使う人は少なく、まして、想いの力を使う人は更に少ない。。。

 どの様な場合でも、安きに流れるのは人の情であるが、それでは何の発展もない。将来の発展が望めないのであるから、正しくとも後悔することになる。。。

 

2007/09/28 14:43|卜術房:易に学ぶTB:0CM:0
 

カシミールの不思議、7・12・13。。。 

 昨年一部では随分と話題になった「ユダの福音書」。最近ちょっとした事から瞑想をしなければならず、妙に気になって原点を読んでみた。

http://www.nationalgeographic.com/lostgospel/document.html 原点はこちらからPDFでダウンできます。ただし英語版とコプト語版のみですが。。。)

 元々、私は英語はからっきし苦手なので誤訳がかなりありそうだが。。。^^;


 けれど、読んでいて奇妙な気分になった。ユダが本当はイエスが最も愛した弟子だという噂は、ずっと前からあってイエスの唯一の後継者だと一部では言われて来たから、この福音書が解読された事はさほど驚く事ではなかった。

 伝説によると、イエスは十字架で磔刑に処せられた後復活し、ユダとマリアを伴ってインドのカシミール地方へと赴きそこで一生を終えている。奇跡的な治癒能力を見せ、住人達からも聖者と呼ばれていたらしい。

 この地でイエスは96歳だったかな?くらいまで長生きして一生を終えた。ここで出てくるマリアを私はずっと聖母マリアの事かと思っていたが、最近の事情を鑑みるとマグダラのマリアという線も濃厚だろう。もっとも、彼女はインドなんかには来ていないということらしいから実際の所はわからない。。。

 イエスは空白の期間をエジプト、そして更に足を伸ばしてインドで修行をしているともいわれる。そこにはイエスと思われる聖者の名前も寺院に残っていて、晩年のイエスはこの地に戻って暮らしたという訳だ。そのイエスの墓まで見つかっているというから驚きである。


 カシミアで有名なこの地方は、ちょっと不思議好きな私には魅力のある所である。上記の事もあるが、その一端を思うままに書いてみると。。。

  カシミール地方のイスラム教徒の信仰観は非常に独特なもので、厳密に言うと一神教ではない。彼らはこの世に存在するもの全てが神の化神だと考える。まあ、そう考える事で本来一神教のイスラム教に反しないようにという事だろう。

 これがどれ程異質な事かは、最近のテロ問題を考えて頂ければ少しは解るかもしれない。。。それはともかく、あらゆるものは神の化神であるから彼らは預言者を必要としない。必要なら直接自然に問えば良いということになる。

 唯一神の化神と考えるなら、大日如来を本尊とする仏教の考え方にも近いし、天之御中主を頂点とする日本の神様観にも非常に近い。問題はこの地方だからこそ、その様な教義が許されたという点ではないだろうか。つまりはこの地方にあった元々の土壌である。。。

 

 さて、こうしたカシミール地方は御存知のように山間部にあるが、古くからシャンバラの入り口があると噂されている場所でもある。シャンバラの入り口は幾つかあるが、K2とい世界第二位の標高を持つ山を挟んで裏側のウイグル自治区にもシャンバラの入り口伝説があるという点も面白い。

 「チベット永遠の書」を著したイリオンが訪れたところも、このカシミール地方だったという話が伝わっている。今では偽説となったムー文明の最も大きな植民地があったとされるウイグル自治区。

 NASAの赤外線による衛星写真では地下に埋没した遺跡の場所や深度も解っていると言われるが、一体どの様な遺跡が将来顔を出すのだろう。。。私的にはまさに関心の尽きない地方である。


 これまた余談になるが、霊的秘儀の集大成とも言われるタロットの起源についてである。一般には14世紀頃にイタリアあたりで発祥したと言われる。

 タロットの起源について諸説があり、いまだ定説といえるものはない。その中の一つに古くからジプシー説がある、ジプシーはかつてエジプト人とされた時代があり、そのせいかタロットのエジプト起源説が生まれたようだ。また、ジプシーはロマとも言われ、これはローマ人から来た言葉。つまりジプシーがローマ人と考えられていた時代もある。。。

 こう考えてゆくと、タロットの起源を考えるときにしばしばジプシーが出てくることに留意する必要がありそうだ。今ではジプシーがインド北部の人たちであったことされる。タロットがヒンドゥーカードを起源とするという説もこの辺が影響しているのかもしれない。

 実際の所は、タロットがアラビア語のトゥルクを語源としているという事から、イスラム教のスーフィズムが起源だと考えられるようになったらしく、その更なる起源はミトラ教に由来するようだ。

 イスラム、ミトラ教と来ると、私的に思い浮かぶのはどうしてもアーリア人。。。インドはアーリアンのもう一つの国家で、北部インドとなるとカシミール地方が気になってくる。西アジアに属し、インダス文明の元となったモヘンジョダロやハラッパーの上流域に属するという点も興味をそそる。

 

 ユダの福音書からとんでもないところまで来てしまったが、実はそのユダの福音書に出てくる12と13という数に端を発している。

 イエスはユダを13番目と呼んでいる。福音書中のイエスの言葉によれば、12という数が天地の創造に関係した数らしい。しかし、その世界に留まっている限り、人類は永遠の命にいたることは出来ない。

 12を超えたところにある世界(13)、、、そこは天使すらも見たことのない世界だという。まして、地に生きる私たちには想像すらつかない世界だと。。。

 

 イエスがその様な情報を何処から知りえたのだろう?

 13という数が古い時代には聖なる数だった事は知られている。一般に、それが不吉な数としてイメージ付けされるようになったのはキリスト教の成立を待っての事だった、、、はず。つまりはイエスが磔刑に処せられたのが13日の金曜日だったということに由来していたはずである。

 アルファベットで13番目の文字はMで、ムー大陸説を唱えたチャーチワードはアルファベットのちょうど真ん中にMがあること、そしてそれが13番目である事に注目した。Mはムーの頭文字だというわけである。ヘブル文字やセム語でM(メム)は「水」を表すという点も面白い。そのムー最大の植民地ウィグルはK2山を挟んでカシミールとは対岸の関係だ。

 チャーチワードはムーの情報をインドのとある寺院に秘蔵されていた石版から得たとしていた。もっとも今ではチャートワードの存在自体疑わしいものとなっているし、従ってその様な寺院が存在したかどうかすら眉唾物である。ただ、誰であったか記憶が定かではないが、その寺院がカシミール地方にあったという話を思い出した。もちろん私の記憶違いで無ければだが。。。

 

 ただ、チャーチワードが提唱したムー文明に関する記述が、意外なところから見つかっている。それは中国の列子である。彼の記述の中に東海に浮かぶ蓬莱山の記述があり、この大きさが不思議とチャーチワードの言うムー大陸の大きさと奇妙に一致するらしい。

 中国には五神山という伝説があり、蓬莱山はその中の一つである。蓬莱山の他に「方丈(ほうじょう)」「瀛州(えいしゅう)」「岱輿(たいよ」「員喬(いんきょう)」がある。しかもその中の二つ岱輿と員喬は流れて消えてしまったという。このあたりも、二つの消えた大陸ムーとアトランティスを髣髴とさせ興味深い。まあ岱輿か員喬がムーなら、蓬莱山の記述は無関係という事になるのだが。。。

 

 もっともイエスがムーの事を意識していたとは、とても考えられない。それでもカシミールというキーワードで妙に関係付いてしまうあたりが以外に空想をかき立ててくれる(笑)

 

 随分と長くなったので、7と12と13の考察はいつかまたの機会に持ち越したい。。。と言っても、それほど大層な事ではなく、占星術などの世界観では7と12はごく自然な組み合わせである。

 占星術には分割調波というテクニックがあるが、その中で13は霊的な意味合いを持っている。いわゆるカルマとか霊的な能力などに関係のある調波である。

 つまり12を生から死への期間と考えると、13はその一歩先という意味になるのだろう。つまり12は物質次元の世界を表していると考えられる。物質主義的な世界観でいる限り、永遠の命には至れないという事をイエスは言いたかったのだろうか。。。

 ちなみに13の平方根は3.60555・・・となる。360度(全円=世界)を表し、そこから少しだけ抜きん出ている数だ。360に続くのが555というのも中々面白く、5は水星を示す数である。つまり555はトート・ヘルメス・メギストスとなる。

 すると。そこに至るには知恵が必要である。物理世界に属する知恵と、それを抜きん出た知恵が、、、という事になるのだろうか。。。三重の知恵という意味なら、もう一つ必要になりそうな気もするが。。。

 

 と、、、結局書いてしまった^^;

 

2007/09/18 01:10|古代妄想TB:0CM:13
 

安倍晋三氏辞意表明の気学的見解 

 昨年の総裁選とうの折に何度か安倍首相の事を取り上げた。その際の記事「どうなる総裁選?」や「最年少総裁安倍晋三氏」をお読み頂いている方なら、今回の出来事はうすうす察して頂いていたはずと思う。

 今回の一連の流れは、一国の元首としては批判の点も多々あるのに違いないとは思う。けれど「美しき国づくり」という、恐らくあまりにも抽象的で、理想論的な目標は誰かが評したようにお坊ちゃま的なのかもしれない。

 けれど、そんな目標を大真面目に掲げた政治家が居ただろうかと思うと、私的には惜しまれて仕方がない。

 

 今回の辞意表明で少し思うところを書きたい。。。安倍氏は本命星、月命星共に一白水星。。。政治を表す六白金星は共に暗剣殺である。日命盤でも六白には日破が掛かっている。つまり彼はもともと政治には向かない。。。年月日と六白にこれだけ悪気が掛かっていると、六白金星象意と関わる事は彼にとって大変な困難を伴う。

 そればかりか彼は六白金星生まれの麻生氏を幹事長という最も重要な位置に据えてしまった。。。麻生氏は1940年生まれ、六白金星庚辰年の生まれで、安倍氏の日中干支庚辰と同じ干支でもある。つまり安倍氏の運気をかく乱する暗示が強い人物である。。。(あくまでも安倍氏にとってということで、麻生氏云々ではありません)

 

 その安倍氏が辞意表明を出されたのはオーストリアから戻られた直後であり、オーストラリアは南に当たる。安倍氏の本命盤、月命盤では共に南に病気の星五黄土星がめぐり、先天的に安倍氏が南方位を忌むことがわかる。

 シドニーに出発されたのが、9月7日の10:56である。節入り前なので五黄土星戊申月、八白土星甲辰日、時差を考慮すると午の刻となるので、九紫火星庚午の刻である。

 月盤では八白土星は月破であり、その月破星が中宮に来る日であった。また、その日は九紫火星が日破であり、その日破星が更に中宮に来る時刻に出発している事になる。

 これも九星気学の研究者で言及している人を知らないが、このような配置の時に大きな動きをするべきではないと思う。。。。

 

 気学で方位取りをする方は、本・月命星と照らして、相生・比和なら良しとする傾向がある。もちろん、市販の書籍ではそれしか書かれていないので当然だが、いつ動くかというのもとても重要な要素だと思ってよいと思う。

 既に辞意を表明し、闘病中の氏のことをわざわざ取り上げたのは、是非、気学佑気取りをする際には、こうした点も考慮いただきたいと思う一心からである。

 気学が動の占術だと、私は常々考えているが、動いた方位ばかり気にする事がないように、、、動く「時」も重大である事を考慮頂くなら、気学の的中精度はもっと増すに違いない。

 

 たった今、渦中にある安倍氏を例証に取り上げたのは、心が痛み、本当に申し訳なく思う。そして、氏が、一日も早く復帰されん事を祈る。。。

 

2007/09/14 02:14|卜術房:気学TB:0CM:2
 

禊神法息吹払い 

 古代日本人は穢れというものをとても嫌います。温泉好きという日本人の性格も、その様なところから来ているのかもしれません。。。(笑)

 穢れは「気枯れ(けがれ)」のことだとよく言われます。仙道でも、人間には元極の気が生まれつき宿っていて、それを取り出すのが仙道の目的だと言われます。これを元気と言いますが、けっして駄洒落ではありません(笑)

 その元気はクンダリーニだとも、本当の私たち魂の事だとも言われます。もし、本当の私たちだとすれば、元極の気が枯れるのは確かに重大な問題でしょう。。。

 

 禊ぎは古事記にある伊邪那岐尊の冥界下りに由来します。黄泉の世界に下った伊邪那岐尊が筑紫の日向の川の水で身体を清めます。この故事が祓詞(はらいことば)として、今でも用いられています。

 冥界から戻った伊邪那岐尊の禊ぎですから、霊的な意味が多分に含まれているだろうと想像できます。つまりは、まあ、精神的な汚れ、、、と考えてもらっても良いかと思います。

 元極の気が枯れると「気枯れ(けがれ)」、人の和が枯れると「和枯れ(わかれ)」、身体の力が枯れると「つ枯れ(つかれ)」となります。

 

 ちなみに、若い女性の方は、あっ!そうでない方も、、、失礼!^^;

 愛しい背の君の事を「彼」と呼んでいると、もしかして「枯れ」に通じてしまう事になるかも。。。(爆)

 「あなた」と呼べば、「あ」は「吾」、「な」は「汝」、「た」は円満具足の意味で、私と貴方が円満で満ち足りると称えることになります。ちなみに「な」の言霊には、二人が並んで添い寝するという意味があり、鳴り鳴りて成ることになって子が生まれ、、、という訳ですね(笑)

 ちなみに「亭主」というのは、「て」は活動するとか働くという意味の言霊ですから、「内の亭主がさぁ〜」なんて言う時は、夫を働き蜂としか見ていない時に使う言葉かも。。。^^;

 

 随分と脇道に逸れましたが、そんなこんなで、私達日本人は枯れる事を嫌います。枯れるのなら、鋭気を補給するべきと考えたいところですが、何故か禊ぎ(身削ぎ)が必要と古代の日本人は考えたようです。

「み」には「身」という意味と「御霊」という意味がありますから、きっと、まずは汚れた霊気を綺麗にしないと鋭気を補給しても無駄と考えたのかもしれませんね。。。

 喩えて言えば、汚れた霊気(汚れた精神)は元気を吸い取るドラキュラのようなものだと。。。そう考えたのかもしれません。 そこで、禊ぎということがとても大切な意味を持つと。。。

 

 一般に禊ぎは水で行います。けれど、だいぶ前に神様から息吹払いという呼吸を使ったお払いを教えて頂いた事があります。 調べてみますと確かにそういう方法がありました。

 けれど今回お教えする方法はそれとは少し違うかもしれません。その方法、実は私も詳しい事は知らないので良くわかりません。同じかもしれませんし、違うかもしれませんが、まあ、私の偏見的な解釈も混じっていると思いますので、違うものと思って頂いて、その辺は大目に見てください。。。^^;

 タイトルは「禊神法息吹払い」と大げさなような気もしますが、この息吹払いを教えて頂いた時に、その様な言葉が浮かびましたので、そのまま用いています。あまりにも、もったいないので普段は息吹払いとだけ言っていますが。。。

 

 どんな時に使うかというと、私の場合、人ごみの中に出て嫌な印象を受けた時とか、どうも誰かのネガティブな思いをかぶったような時とかに使わせてもらっています。簡単な除霊などにも使えるのでしょうが。。。私はあまり霊感がありませんので、その辺は良くわかりません。

 疲れたときも、身体的に疲れたときは素直に休みますが、ネガティブ精神の影響で疲れた時など良く使います。まあ、自分のもあれば、誰かのもあります。。。^^;

 

 さて方法ですが。三種類あります。本来の息吹払いと、煥発法、九字法です。煥発法は瞬間的に使うことが多く、九字法は玉串をイメージした方法ですが、今回は息吹払いのみ書かせて頂きます。

 実は三つとも書こうと思ったのですが、九字法を書こうとしたらどうもPCが不安定になったり、急に雨が降ったり。。。用事を言いつけられたり。。。^^;

 なので、どうやらまだ公開しては駄目という事なのかな〜と思いまして。。。

 

 【息吹払い】

 まずは祓詞などを奏上して神様の御力をお借りします。急に使いたくなる時はそうは行きませんので、そのような時、私は基本的に天照様をイメージするだけです。時にはお不動様という事もあります。個人的に御不動様が好きなもので(笑)

 どうも日本の神様の事は良くわからない。。。という人は、ご自分が信仰する神様とか、あるいはそういうものもないという人なら守護霊様とか、、、をイメージされると良いでしょう。

 以下の部分は、その神様なり守護霊様なりと自分が一体になったつもりで行ってください。なので、この辺は日頃から神様、守護霊様と仲良くしておく事がとても大切だと思います(笑)

 

 祓詞を奏上したり、イメージした神様に祈りを捧げたあと、ゆっくりと深呼吸をします。この時、既に神様と一体なのですから、その呼吸は神様がしている呼吸だと思って下さい。なので神様の清浄な輝くような呼吸をイメージされると良いでしょう。

 それからゆっくりと息を十分に吸って、息を丹田に溜めてください。

 

 それから『小』の文字を書くように息を吹きかけます。書き順が違いますので注意して下さい。まず『八』の字を書くようにフッ!フッ!と吹きかけます。

 八の字は「開く」という意味がありますので、穢れの付着した部分を開くという意味です。

 それから「小」の「|」の部分を書くようにフッーーーフッ!と息を吐きかけます。この「|」の部分は切り取るという意味ですので、刃物のイメージです。フッーーーーとメスを入れて、最後のフッ!で、切り剥がすわけです。

 これを気になる方に向かって三度行います。以上。

 

 この様な禊ぎ祓いですが、御存知のように自然には自浄作用というものがあります。それは私達の世界では三つの力で行われます。一つが洗い流す水の禊ぎ、それに燃やし尽くす火の禊ぎ、そして吹き飛ばす風の禊ぎです。

 その中から風の禊ぎ、息吹払いでした。。。気になるときは、どうぞお試しあれ。。。でも過信しないで下さいね^^;

 

2007/09/10 22:50|山術房:心行TB:0CM:2
 

郵政民営化 

 10月1日に日本郵政株式会社が民営化される。民主党からはこれを凍結する法案が出されたけれども、取り下げられたとの事なので予定通り実施されるのだろう。。。

 私のように田舎に住んでいると、これからどうなるのだろうと少しは考える。と言っても最近は殆んど手紙など縁がないし、宅配便は民間を使うから、それほど深刻というわけでもない^^;

 が、郵政事業だけではなく、日本郵政株式会社は世界最大規模の金融機関でもある。民営化された後どうなってゆくかは中々重大な問題である事は確かだろう。


 それで、非常に気になったという訳でもないが、何となく調べ始めてみた。。。郵政事業といえば、九星気学では四禄木星の象意。。。巨大資本としてみれば六白金星。保険業務としてみれば一白水星となるので些かややこしい。

 旧郵政省が設置されたのは1949年6月1日で、六白金星己丑年、二黒土星己巳月、八白土星壬戌日の事である。だから郵政省が郵政事業のみならず、巨大金融機関として成長して行ったのも頷ける。が、金銭を示す七赤は暗剣殺。。。内部的に金銭の取り扱いには問題がありそうな気もする。。。

 月命星の二黒と、日命星の八白は、共に冲の関係だから、随分と古い体質を持っていそうだ。


 ところで、郵政民営化の立役者は言わずと知れた小泉前首相である。彼の命式を見ると、、、

 五黄土星辛巳年、九紫火星辛丑月、三碧木星辛酉日となる。 更に気学の盤は。。。

 ┌巳┬─┬─┐  ┌─┬暗┬破┐  ┌─┬─┬─┐
 │4│9│2合  │8│4│6│  合2│7│9│
 ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤
 │3│5│7│  定7│9│2│ 破暗1│3│5酉
 ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤
 │8│1│6│  │3│5│1│  │6│8│4│
 └─┴─┴破┘  └丑┴合┴─┘  └─┴─┴─定

 となる。


 辛巳年、辛丑月、辛酉日という生年月日の干支を見ても、彼が改革好きだと良くわかる(笑)

 出生時は不明だけれど、天干の全てに辛(金)が乗っていて、地支には巳−酉−丑。これは三合金局という組み合わせだ。

 どう見ても金気が強すぎる。金気はそれだけでも改革好きな気だけれど、生日の辛酉は古来から改革とか革命の干支ともされている。

 ただ辛は玉の事で精神修養という意味もあるから、今では懐かしく感じる小泉劇場も彼流の精神観の結果なのかもしれない。元来は学者肌の風流人なのだろう。


 ところで彼が郵政に拘ったのは気学の占盤に如実に示されている。

 まず本命盤では郵政を表す四禄に太歳神が付き、月命盤では四禄は暗剣殺、日命盤では同様に四禄は定位対冲となっている。つまり生年月日のいずれにおいても四禄木星に変化が出ているのだ。

 それに加え、巨大資本を示す六白金星が本命盤、月命盤でも破となっている。。。どうやら彼は長いものに巻かれろ式の性格ではなく、大きなものを見ると壊したくなる性格のようである。そういう意味では日本という国家は申し分なかったのだろうか^^;


 その小泉氏が旧郵政省との激闘を繰り広げたのが1992年。八白壬申の年であった。

 ┌合┬─┬─五
 │7│3│5申
 ├─┼─┼─┤
 │6│8│1│
 ├─┼─┼─┤
 破2│4│9│
 暗─┴─┴─┘

 小泉氏の日命星三碧が四禄と対冲となっている。けれども本命星の五黄には太歳神が付いて壊すのには不向きな時期。。。郵政省の本命星六白も震宮に巡って勢いがあり思うようにはいかなかったのだろう。小泉氏の性格を現す日命星との対冲は、郵政との対決に私的な禍根を残したような気もする。

 小泉氏が首相となった2001年は、その九年後八白土星辛巳の年でちょうど還暦に当たる。1992年の申年と2001年の巳は支合の関係でもあるから。氏の念頭には因縁の対決があっただろう。

 

 以後、2005年、四禄乙酉年に郵政民営化法案が可決される。記憶にも新しい郵政選挙を経ての可決である。

 この法案は8月に提出されたが、その月は氏の本命星は月破となっており否決が暗示されている。

 翌9月11日の選挙は一白乙酉の月で氏の本命星は名声とか知名度を示す離宮に巡っている。一方で郵政省の本命星は暗剣殺となっていて、四禄も艮宮という変化の宮に入っている。

 更に10月14日に可決となったその月は九紫丙戌月で、氏の本命星と郵政を示す四禄は対冲の関係で睨み合っているが、氏の本命星は五黄なので、その対冲の四禄は当然暗剣殺となる。

 ちなみに8月、9月、10月は申月、酉月、戌月で方合金局となる三ヶ月間だ。この期間は小泉氏の勢いがもっとも高まる時期。もしかしたら、氏は自身の運気を嗅ぎ分ける才能にも長けているのかもしれない。。。

 

 さて、大まかな流れを見て来たところで、民営化の予定日10月1日はどうなるのだろう。。。

 二黒丁亥年、四禄己酉月、二黒戊辰日である。

 ┌破┬─┬─暗  暗─┬─┬─┐  ┌─┬─┬─暗
 │1│6│8│  合3│8│1│  辰1│6│8│
 ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤
 │9│2│4│  破2│4│6酉  │9│2│4合
 ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤  ├─┼─┼─┤
 合5│7│3│  │7│9│5│  │5│7│3破
 五─┴─┴亥┘  └─┴─┴─五  五─┴─┴─┘

 本命星が月盤では震宮に巡り月破が掛かっている。その月破のかかる二黒が日盤では中宮に来ている。どうもこの辺が暗い影を落としているように見受けられる。

 二黒は一般大衆とか、労働者を象徴している。破が掛かると無策とか思慮不足という意味が出てくる。直接的に社員の労働意欲を喚起し難いという意味かもしれない。。。また、二黒には古いという意味もあるので、郵政省だった頃の古い体質を改善するためには、かなりの努力を必要とする可能性があるだろう。

 この辺は旧電電公社や国鉄のようには行かないかもしれない。。。

 

 肝心の収入を表す兌宮には年盤、日盤で四禄が巡り、郵政事業に力を入れることになる。月盤では同じ兌宮には六白が入っているので、金融事業が実質的に屋台骨を支える事になるのだろうか。。。

 事業運を表す乾宮に三碧の太歳神。。。常に新しいものを取り入れて邁進しようという姿勢が見えるが、三碧には「声あって形なし」という意味もあるので、掛け声だけにならないように注意も必要だろう。

 月盤で五黄、日盤で三碧の日破が入っているのと合わせて非常に気になる点だ。月盤の乾宮五黄はワンマン経営の気配を示すし、まあ、うまく行けば独占事業が続く事になるのかもしれないが。。。

 

 老婆心から随分と厳しい味方のような気もするが、亥年−酉月−辰日と、この三つの十二支は、四柱推命で言うとどれも自刑にあたる十二支である。自刑というのは自らを刑するという意味で十二支中、辰、午、酉、亥と四支あるが、内三つが揃っているという点が気掛かりゆえだ。

 社員の出社時間、業務の開始時間を朝の8時とすれば、その時刻も辰の刻にあたり、年月日時と全てが自刑の十二支となる。

 まあ、すぐさま、その効果がでてくる事はないとしても、運気の低迷の折には欠点が噴出しやすいものだから、自ら襟を正す心掛けが、他よりも大切になる事は、まず間違いないだろう。

 いずれにしても、日本を代表する企業になる事は間違いないのであるから。それに相応しい理念を持って経営して言って欲しいものだと切に願う。

 

2007/09/09 00:43|卜術房:気学TB:0CM:2
 

10.天沢履:行動には常に危険が伴う 

 上卦「天」は動いて止まず、下卦「沢」は喜びの卦です。相手は剛強で気力、体力、知力、、、全てに充実しています。このような人に喜んで従うなら、大きく発展します。それがこの「天沢履(てんたくり)」の卦です。

 物事を実行に移すには、どんな事も危険が伴います。しかし、その危険を越えて行かなければ、何も為す事はできません。それで、虎の尾を踏むような危険があるが、先人に学んで慎重に事に当たれば、大きく発展すると書かれています。

 天沢履の履は「履き物」という意味で、「踏む」という意味があります。

 

 下から三番目(三爻)に陰があって、他はすべて陽で出来ています。この一陰は沢卦の一番上で、人間で言えば頭にあたります。その頭部が陰で力がありませんから、知恵や経験が不足している事を示しています。自分の経験や知恵に自惚れていると、人は誰でも危ういものです。

 若いと言う事は、危うさを知らない事であり、それ故に行動的です。しかし、その無知さゆえにどの様な危険、困難が待ち受けているか解りません。。。それを指導するのが長上の勤めであり、若者が喜んで目上の者に従うなら、危うそうに見えても大きく伸びてゆくと言うものです。

 

 考えてみると、年齢を重ねても学ぶ事が下手な人は沢山居ます。年上と言うだけで、聞く事をためらったり、素直になれずに学ぶ機会を逸します。

 何かを学ぼうと思う時、一番大切なのは素直さだとよく思います。。。私は素直な人を見るとそれだけで尊敬してしまいます。自分にはそれが不足していると常々思っているからです。色んな才能が取りざたされますが、私は素直さに勝る才能はないとすら思います。本当に、この才能だけは天性のものとしか思えません。。。

 けれど素直だと言う事は、同時に染まりやすいことでもあり、何に染まるかがとても重要でしょう。

 

 ところで、この卦は、三爻に一陰があって他は全て陽になっています。人の身体でいうと三爻はちょうど股間に当たります。一人の女性(陰)に五人の男性(陽)が群がっている形です。

 そのためこの卦を得たときは、男女間の問題は要注意です。三角関係、四角関係と、何かと複雑な事になる気配があるためです。

 また、これを転じて、この卦は欲望を慎むようにと教えています。知恵や体験が不足し、欲望のままに振り回されていては、ますます危うい事になりかねません。。。

 

 誘惑や欲望を退け、自分の能力を過大評価せずに進む事。また、目上や経験者の話に耳を傾けること。。。それが、この卦が教える、危機回避の方法ということになるでしょう。そうすれば大道を行く事ができます。

 

2007/09/06 23:08|卜術房:易に学ぶTB:0CM:2
 

かぐや姫 

 先日とある人と桃太郎の話になった。実は桃太郎は呪術的な意味合いが多分に込められていると思われる物語である。桃太郎の従者、猿、雉、戌、が、占いに関心のある方なら申、酉、戌に相当するとすぐに察しが付くだろう。

 申、酉、戌の三つの十二支はそれぞれ西南西、西、西北西の方位を示していて西側の十二支。時計で12時を真南とすると2・3・4時の方位に相当する。この組み合わせを専門用語では方合という。方合には四種類あるが、その中で西の方合は最も金気の力を高める組み合わせとなる。

 その金気を代表する果物が「桃」であり、その桃太郎はお婆さんに拾われている。お婆さんは九星では二黒土星の象で大地のこと。大地は金気を生み出すのだから、これも的を得ていると言えるだろう。

 金気が旺盛となると木気を剋す事になる。木気は方位にして東の方位で、四聖獣では青龍があてがわれている。竜体と言えば、私の場合日本そのものや丑寅の金神が思い浮かぶ(笑)

 この辺は今日の本題ではないので省く事にするが、同様にかぐや姫の物語もこうした見方で紐解けないだろうか、、、と考えてみた。

 

 もっとも竹取物語は日本最古の物語とされるから、そこに渡来系の学問が通用するかどうかは疑問である。が、この物語の成立は天武天皇〜持統天皇の時代と言う話もあるから、もしかしたらその辺の時代背景が竹取物語に反映しているのかもしれない。 そのあたりには既に東洋占術は渡来していたと思われるから。

 天武天皇自体は天文遁甲を能くしたとあるので、まあ確実だろう。その時代の作なら占術思想がまぎれている可能性があるのでは?と思う。

 ただ、かぐや姫という名前自体、垂仁天皇の妃、迦具夜比売がモデルだとも言われる。だとすればDC7〜80年頃が竹取物語の原点ということになって、この頃はまだ占術思想は伝来していない。

 それでも占術における象徴は、私達の集合的な無意識と結びついているという私の独断的な解釈に依れば少なからず反映されていると思う。

 

 この物語は、皆様よくご存知のことと思うので、今更内容を書くまでもないだろうから早速検証をしてみたい。

 

 まずかぐや姫は言わずと知れた月から来た天女である。かぐや姫の「かぐ」は「かがやく」という意味である。月は水の気であるが「かぐ」の輝くは火の気であるから相性がよろしくない。水剋火の関係で、月からかぐや姫が制される関係である。

 実際、かぐや姫は月の天女であったが、何かの罪で月を追われ地上に落とされたとされている。

 

 そのかぐや姫は竹の中に見つかるが、竹は九星では三碧木星の木気である。木気は水から生じられ、火を生み出す。水⇒木⇒火、という関係が成立しているもので、月⇒竹⇒かぐや姫、という構図になる。

 そのかぐや姫は竹取の翁に見つけられるが、老翁は六白金星、八卦では天の象意である。金気の翁と、火の象を持つかぐや姫とは相性が悪いが、八卦でみた時、天と火(太陽)は天の中に太陽が輝くのであるから、まさに翁に抱かれたかぐや姫の象だと言えるだろう。

 

 かぐや姫は3ヶ月で成人し、美しい乙女にとなって五人の男 性に求愛される。3という数も木気の数である事も面白いが、五と言う数は土気の数である。土の対応する九星は二黒土星と八白土星、あるいは五黄土星があるが、この場合男性であるので八白土星と解するのが妥当だろう。

 五人はいずれも実在した人物という点が面白いが、その人物はいずれも天武天皇の時代の人物である。たまたまモデルとして用いられたのかもしれないが、何かそのあたりに風刺的な意味も込められているのかもしれない。。。

 

 さて、五人はかぐや姫に求婚するが、それを断るためにかぐや姫は無理難題を押し付ける。これだけ聞けば我が儘な女性と思えなくもないが、その無理難題に取り組むあたりは、本当の気持ちを知りたいという乙女心なのだろう。

 その五つの難題は「仏の御石の鉢(土)」を持ってくること。「蓬莱の玉の枝(木)」を持ってくること。そして「火鼠の裘(火)」、「龍の首の珠(金)」、「燕の子安貝(水)」である。

 結局誰も、その難問をクリアする事はできず、最後に御門というのが出てくる。ちなみに門は八白土星の象意である。

 

 実は御門を含めた求婚者達は八白土星の象意を持つと思われるが、八白土星は方位にして北東の方位、、、冒頭に記した桃太郎の話も、実は北東が絡んでいる。北東は家相で言えば丑寅の方位即ち鬼門の方角である。

 どうも古代の物語には、鬼門に関した物語が多いのかもしれない。。。丑寅の方位とは、当ブログでも時々書いている丑寅の金神の方位、、、つまりは鬼である。

 かぐや姫の物語に鬼こそ出てこないものの、暗に鬼門の方位が示されているのは単なる偶然であろうか。。。?

 

 さて、最後にかぐや姫は月からのお迎えに従って月に帰ることになるが、その時かぐや姫は御門に不死の薬を渡している。結局御門はそれを使うことはせずに、従者に命じて富士山の山頂で不老不死の薬を焼き払ってしまう。それが富士山(不死山)の語源となったとも言う。

 不死というのも、輪廻に関わる命題と考えれば、なるほど鬼門らしいテーマではある。易学では鬼門という名称こそないものの、北東は陽と陰が変化をする場所で、言ってみれば現界(陽)と冥界(陰)の交接する場所なのだから。。。

 それに、この辺は妙に徐福伝説を思い起こさせる。。。秦の始皇帝の命を受けて、不老不死の妙薬を探すために大船団で日本にやってきたという仙人の事である。

 

 ところで、月に帰ったかぐや姫であるが、駿河地方には月ではなく富士山に帰ったという話が残っているらしい。

 富士山はかぐや姫の時代活発な火山であったと言うし、また富士山は五行山の火形の山に相当する。火形の山というのは三角山、円錐形の山の事である。

 だから、火の象を持つかぐや姫が、これまた火気の富士山に帰ったというのは、なるほど合点の行く話しである。占い的にはこちらの方がすんなりと理解できるというものだろう。

 

 と、ここまで書いてきて、どうもこの話は、なにやら秘められた意味があるようにも思えてきた。原文ではかぐや姫は赫夜姫と書かれていて、ここから伊勢の豊受大神の事であるという話もある。豊受大神は食物の神であるが、ギリシャ神話のペルセポネーやデメテルとの関連性もささやかれている神だ。

 ギリシャ神話を読むと解るが、豊受大神とはとても酷似している部分もある。デメテルは二柱の神としてギリシャで祭られたらしいから、豊受大神と天照大神との関係とも酷似している。

 この辺まで取り扱うとまたまた長くなるので、程ほどにしたいところであるが「かぐや」が「輝かしい」という意味なのを考えると、好奇心の虫が疼こうというのもだ(笑)

 

 かぐや姫は旧暦の8月15日、つまり仲秋の名月の時に月に帰っている。これもまた奇妙な面白さを感じる(笑)

 もしそうなら、かぐや姫は三ヶ月前の5月15日頃に翁に見つかっている。現在の太陽暦では6月の中頃に相当するので、ちょうど夏至のあたりと言うことになる。月から来たかぐや姫が、夏至の時に見つかったというのも面白い話だ。

 かぐや姫が垂仁天皇の妃・迦具夜比売だとすれば、腹違いの娘には倭姫命(垂仁天皇の第四皇女)がいる。倭姫は日本武命の叔母でもあり、神託によって伊勢神宮を創建した人物。しかも天照大神の依代(よりしろ・神を降ろす巫女の事)である。

 

 なんとも暗示多き竹取物語と言ったところだろうか。。。

 

2007/09/01 15:25|占術全般TB:0CM:2
 
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