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趣味占放談

主に東洋占術の思想を使ってあれこれ考察しています

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Author:やわたうま
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食料自給危機 

 先日食料自給率に関するニュースが流れていた。日本の食料自給率は39%である。この数字、先進国の中では最も低い数字だ。そのせいか昔からこんな事が言われてきた。

「もし戦争が始まったら、日本を攻撃するのにミサイルはいらない。食料の輸出を止めれば良い。。。」

 本気とも冗談ともつかないだ。ジョークではあろうが、最近、それが徐々に笑えないものになりつつある。
 テロなどの世界的な問題もそうであるが、最も差し迫っているのは気候変動だ。
 今年の猛暑などで日本の米どころが不作に悩んだ年だった。今までは美味しい米は取れないといわれた北東北、北海道が米どころになりつつある。
 といっても、じゃあ産地が北上するだけなら問題ない。。。などと楽観視はできない。十年程度の内に北海道ですら暑くなりすぎて、お米が取れなくなるかもしれないとも言われているのだ。

 戦争にせよ、気候変動にせよ、その手の緊急事態が起これば、どの国も自国大事で他国にまわす余裕など全く無くなる。その調候が既に世界中で起き始めている。

 気候が変われば、それにあわせて作物を変えれば良いという単純な話ではない。その土地柄にあった作物を選ばなければ、十分な収穫は望めないし、その作物を見つけ出すのに何年かかるかだって解らない。
 そうなると自給率39%という数字も更に低下する恐れが出てくるわけだ。不安を煽る訳ではないが自給率10%なんて事にもなりかねない。

 こうした事情は世界のどの国も同じで、しばらく前から他の先進国では自給率100%を目指して農業改革を実施している。
 日本でもこうした情況を危惧する動きは以前からあったが、実体は農業の育成とは程遠かった。それがようやく目を向け始めたのかと思いきや、国家主導で農業コントロールに取り組むという。それに協力しない農家はペナルティーまで科すか検討中というニュースだ。

 それだけ事態は緊迫しているという事なのだろうが、問題はこれじゃまるで官権主義の戦前に逆戻りじゃないか。こんな横暴を検討のテーブルに上げる事自体間違っている。それに気が付いていないと言っている様なものではないか。いったいこの国はどうなってしまったのだろう?

 2004年から始まった第八運、気学で読めば農業を示す二黒土星は暗剣殺になる。二黒土星は一般労働者を示す星でもある。
 昨今のデフレと言いながらも秘かに進行する(今はもう秘かじゃないかな^^;)インフレ、さらには行政改革もなされぬままに進行する税率の引き上げ。。。九星が示すように一般労働者虐めが露骨になったという事か。。。

 干支暦のサイクルは180年だが、180年前の1827年当たりは、奇しくも明治維新のうねりが始まろうとしてる時だった。
 1827年には西郷隆盛が生まれているし、吉田松陰や大久保利通、岩倉具視が相次いで生を受けた時代だ。1830年にはフランスで7月革命が起こっている。

 更にその前の180年期には、中後の明朝が滅び、日本ではお犬様で有名な徳川綱吉が誕生。1649年には農民支配を強化するための「慶安御触書」が公布されている。
 オランダが80年戦争の末に独立を勝ち取ったのもこの頃である。

 昔読んだある預言では、食料は金よりも高くなる。。。という預言があったが、それでも買えるだけまだましか。。。
 食料自給率、、、どもうこの問題は、何かと根が深そうだ。
2007/11/26 23:12|雑記TB:0CM:0
 

過去世から始まる占い(私のカルマ) 

すこしメモ書きです。

 中国の占いは、道教五術の中の「命、卜、相」にあたる。この他に「医、山」があって、全部で五つの道(方法)があることになる。何をするための方法かというと道(タオ)に至る方法ということになる。仏教的に言えば悟りとか解脱という事になるだろう。

 昨今は占いというとイコール開運というイメージが定着しているように思うが、道教五術の修法という観点で言うなら、開運とは全く無関係と言い切って良いかもしれない。
 命は生年月日から運命や性格とか先天運を出す占いだが、そもそも生年月日に何故運命が現れるのかと考えてみると、過去世での経験と誕生日がシンクロ的に結びついているからではないかと思える。だから考えてみると誕生日というのは過去世で私達が作ってきた良きに付け悪しきに付けてのカルマが示されている。
 それが何故運命を反映するのかといえば、過去世の心の癖を修正しない限り今世でも似たような経路を辿るということになるからだろう。

 誕生日を起点にした占術で過去世を知り、それから抜け出るためにどうするかという事を卜に訪ね、相にて少しでも善転するように環境を整える。
 気脈が澱むと心も澱むので医にて身体を調え、山にて身を修するというのが道教五術の考え方だと思う。
 だから占いは本来、カルマを善転させようとする方法論な訳で、それ故にきちんと修すれば私達は根本から変わることになり、結果的に開運と見える現象が現れるのだと思える。

 ある意味カルマの法則は貸し借りの法則だから、命盤(ホロスコープ)などに悪いカルマが表れていたとしても、意識的にそれを受容することでカルマの埋め合わせを早く終えることができることになる。
 借りたものは返さねばならないのだから、カルマを無視した開運は臭いものに蓋をして、その上に楼閣を建てるようなものだ。見た目には良くなったとしても、その地下では腐敗が蓄積し遅かれ早かれ噴出することは間違いない。

 幸せでいたいと思うのは人間のサガだろうと思うが、このようなカルマを無視した仮初めの幸福を先取りして腐敗の進行しつつある苦難を先送りにするか、腐敗がひどくなる前にありのままに受容するかは、その人の選択次第という事になるだろう。
 けれど、ひどくなる前に受容するとは言っても、その出来事に相対した時、不平不満や愚痴の類が口を付いて出てくるのもまた、新しいカルマを産むことになるし、とても受容したとは言い切れない。が、命盤を解読して、あらかじめ自分のカルマを理解しておけば、その様な不平不満の類も随分と減ってくるのは確かだろうと思う。

 そんな事を考えつつ、自分のホロスコープなどを眺めてみた。以下はサビアンという手法による私のホロスコープに現れている惑星の意味である。が、惑星とその位置を全て書いてしまうと、私の生年月日時が明らかになるので、度数とその意味だけ取り上げてみる。


2007/11/18 12:12|命術房:占星術TB:0CM:0
 

神の一日は一年のようであった。。。 

 久しぶりに占いネタを。。。^^;

 前回の記事で、24000年前頃と12000年前頃が人類史のポイントになっているのではと書いた。この年代も大雑把な私の印象ではあるが、これに近い数値に歳差運動の25600年という数値がある。既に御存知の事と思うが、歳差運動とは地球の地軸のブレの事でこれが25600年かけて一周する事になる。
 だから占星術での12星座で割ると1星座を地軸が通過するのに2133年かかる事になる。現代がアクエリアスの時代と言われているのは、その事に起因する。

 占星術にはトロピカル方式とサイデリアル方式というものがあって、私達に馴染みの深い西洋占星術はトロピカル方式の占星術だ。これは春分の日に真東の地平線から上ってくる星座を牡羊座と定めている。現代では実際には魚座から水瓶座が上ってくるのであるが、それを考慮せずに組み立てられている。
 一方で、その歳差運動も考慮したうえで占おうというのがサイデリアル方式で、インド占星術がその代表格だ。

 1星座に2133年を要するので、期限元年頃には春分点は魚座にあった事になる。つまりイエスが生まれた頃は春分点が牡羊座から魚座に移り変わろうといていた時期とされていて、聖書の中でも羊と魚は重要な象徴となっている。
 同様に牡羊座の前には春分点が牡牛座にあったわけだが、それがおおよそBC2000年〜BC4000年頃という事になるだろう。この頃の象徴は文字通り雄牛で、牛は聖獣とされていた。(この時期に殆んどの古代文明が始まっている点も注目したい。牡牛座の守護星は金星である。)

 その計算で行くと12000年前は獅子座の時期となって、氷河期が終わり、現行の文明が生まれ始めた(再出発した?)時期は獅子座〜乙女座あたりから始まっている。

 天球は360度あるので、25600年で一周するとなれば、1度進むのに約72年掛かる事になる。72年というのは一昔前なら、しばらくの間、私達の平均寿命とされた年数に等しい。まあ、最近では天王星のサイクル84年が平均寿命となってはいるが。。。

 聖書による天地創造は7日で行われ、神の一日は1000年だという記述もあるので、7000年が天地創造から安息の1000年までの期間だと言われてきたわけである。
 それではという訳で25600年を聖書の聖数7で割ると、3657.14年となって、何故か365日という地球の一年の日数に等しくなる。大雑把に25600年を26000年とすれば、マヤの神聖暦260日サイクルとも妙にかぶってくるのも面白い。

 占星術では12星座に大きな境界があって、牡羊座から獅子座までの期間は個の完成の期間とされ、乙女座から魚座までは社会との関わりの完成の期間とされている。
 だから占星術的に考えるなら、現行の西暦が始まった頃から、私達は個のサイクルを終えて社会性へと移行してきたことになる。
 現行の12000年期は、獅子座〜乙女座辺りから始まっているという点とも一致する事になるだろう。

 ところで最近はマヤ暦の大きなサイクルの終焉2012年12月21日頃がピックアップされ、それがアセンションというイベントと大きく結びついている。
 調べてみると、アセンションとは、私達の太陽系を含む銀河の渦の回転によって、太陽系自体が移動していて、ちょうどその頃にフォトンベルトを通過する事になり、それによって生じる時限上昇という事らしい。
 人によってはそれが12000年ほどのサイクルであるのだと言っている人も居るが、実際どの様なことになるのか私にはわからない。
 けれども、既に見てきたように占星術的な意味でならば、大きな変換点に入っているという可能性はあるのだろうとは思うが。

 前出の25600年を地球の一年の日数、365.24で割るとちょうど70.09とキリの良い数字になるというのも不思議な気がすると思うのは私だけだろうか。。。^^;
 ちなみに25600を聖書における試練の数40で割ると640となる。640はカバラにおける真理の数。試練こそ私達を真理に導くとでも言いたげな雰囲気である(笑)

 脈絡もなく歳差周期で数遊びをしてみたけれど、他にも面白いものがあったら、是非教えて頂きたいm(__)m

2007/11/12 17:50|占術全般TB:0CM:2
 

12000年前の伝説 

 現在では遺伝子研究によって、人類がどの様な経路を歩んだかが、おおよそ推測できるようになっている。
 それによれば人類がアフリカを出たのが、おおよそ6〜7万年前。最初に定住したのがメソポタミア地方で、それが2万年前ほどと考えられているようだ。そこから人類はオリエント地方に北上する。
 メソポタミア地方に定住した人達はそこからヨーロッパと中央アジアへと広まり、メソポタミア地方に定住していた人達はインド経由で東南アジアへと移動して行った。

 日本列島に人類が移動してきたのは3〜2万年前。日本がまだ大陸と陸続きだった頃である。と言っても明石原人などが存在した時期は6万年ほど前と考えられるから、それが最初という訳ではない。実際日本最古の遺跡は岩手・宮守金取遺跡で8万年前ほどと考えられる。
 ネアンデルタール人が絶滅したのは約24000年前〜11000年前。2〜3万年前は私達の直接の先祖となるホモサピエンスと共存していた時代である。最も新しいネアンデルタール人の生活痕はジブラルタル沿岸の洞窟で見つかっているらしい。

 こうして見て行くと人類史の大きな転換点が幾つかあって、その一つが24000年前頃、そして、もう一つが12000年前頃となりそうだ。
 そこで、この時代に何があったのかというと2万年頃は氷河期のピークであり、12000年頃は氷河期の終わりという事が目に付く。

 12000年前と聞くと、不思議好きな人にはピンと来る年代だろう(笑)
 そうアトランティスやムー大陸、最近ではレムリア大陸などが滅びたとされる年代である。しかし、仮にレムリア大陸があったとしても5000万年は遡った話しだし、当大陸の存在はプレートテクニクス理論によって完全に否定されている。。。
 もちろんムー大陸にあっても事情は同じで、出自自体が存在しない人物となっては単なる架空の話に過ぎない。。。

 アトランティス大陸についての言及はプラトンに始まるが、それほど多い情報ではない。それも時の七賢人ソロンがエジプトの神官から聞いた話を、プラトンが又聞したものだから致し方ないが、いつの間にかアトランティスというテーマで何冊も本が書ける位の情報が氾濫しているのには恐れ入る。。。^^;
 けれど、不思議好きな私としても中々手放し難い話であるし、考古学事実を曲げすぎない程度に両方を立ててみるとどうなるだろうと折中案を考えて見たい(笑)

 すると、まず目に付くのは13000年前に終わった氷河期である。氷河期の最盛期の2万年程前は現在の海面より80〜140mも海面が低かった。温暖期に入って、海面上昇が起こる訳だが、それが最大で140mも高くなるということになる。
 だから現代大陸棚と呼ばれるところは、その頃には平野部だった訳だ。近年沖縄で見つかった海底遺跡も解氷の影響で水没したと見られている。
 この海面上昇が起こるまで、日本と中国大陸は陸続きであったし、ベーリング海峡を経てアメリカ大陸に人類が渡ったのも3万年前ほどという事になる。

 こうなると、人類がアフリカを出てメソポタミア地区に定住するまでの空白の4万年が何となく見えてくるような気がする。
 食料調達事情を考えると、山間部より海岸線や河川沿いの方がずっと有利だから、当時の遺跡の殆んどは今では海の底と考えられるだろう。実際現代でも大都市の9割以上は海岸線や河川に集中している。

 もっとも近年までは、解氷期がずっと緩やかに進行すると思われていたから、海面上昇があっても山間部に逃げる余裕はあったはずだと思われていた。しかし昨今の地球温暖化による氷河や南極の氷の溶け方を見ていると、大規模な解氷が僅かな期間に起こりえるということが解る。
 たった数十年の間に殆んどの氷が解けてしまっても不思議はないし、平野部においては数十メートルの海面上昇でも、極めて致命的な問題となる。

 現在、海の平均水深は130mほどだから、解氷による海面上昇が80〜140mという数値が途方もない数値だという事が解るだろう。
 これくらいの海面上昇が起これば。ノアの大洪水があったとしても決して不思議ではなくなると思われる。また、アトランティスなどが仮にあったとしても、殆んど水没してしまう事になるだろう。火山のような天変地異だけが原因となる訳でもないだろう。

 もちろん当時の気候も今とはかなり違うだろうし、氷河期が終わったと入っても高緯度地方はまだまだ寒かったはず。つまり赤道付近が最も住み易かったには違いない。それ故にアフリカ⇒メソポタミアと来た人類は、中央アジアやヨーロッパよりも先にインド、東南アジアへと向かっただろうことは想像に難くない。
 現在の大きな古代文明が、おおよそ9000年前頃から小部族間で始まっているのも、その様な理由だろうと思う。

 その時に、恐らく先史時代の文化は一度閉鎖されたに違いない。と言っても、それ以前の文化があったらしいことは、幾つかの遺跡から推測できる。
 例えば中国の漢字というより象形絵文字は旧石器時代の壁画に見る事が出来、おおよそ18000〜10000年前とされるし、人類最初の天体観測はフランスのブランチャード洞窟から見つかっているが、おおよそ3万年前のものである。
 占星術はメソポタミア発祥とされるが、3万年前に既に天体観測されていたにも関わらず、25000年もの間、占星術のような発展をしなかったとは、占いが趣味の私には少々信じられない(笑)

 氷河期の終わりを待って縄文時代や土器文化は始まるが、 世界最古級の土器が日本で見つかっているというのも、あらぬ事を想像させずにはおかない。
 いずれにしても水中考古学の活躍を待って、その辺の事情が明らかになって来るのを楽しみに待ちたい。それまでの間は、憶測推測の類で楽しめそうだ(笑)

 それにしても、100m前後もの海面上昇があったとしたら、それだけの水が氷となって大陸の上にあったということになるのだろうが、素人の私にはにわかには信じ難い話である。。。
 温暖期に相当する現代の氷河や南極の氷が解けただけで、数十メートルから100メートルの海面上昇が起こると言われているのに。。。
 だれか、その辺の事情を御存知の方がいたら、是非ご教授願いたい。。。m(__)m
2007/11/12 00:27|古代妄想TB:0CM:0
 

太陽とメシア 

 「ヤーウェの履歴?」で不思議な太陽神を追いかけてみたら唯一神に辿り行く仕儀と相成った。その唯一神が、もしかしたら自分自身の心の中にある『何か』かも知れないという不思議な結果となってしまった。そこで、いま少し太陽神を追いかけてみようと思う。

 

 その前に、創造神、あるいは全知全能の神というフレーズは、少し言葉を変えると最近よく見かけるフレーズでもある。例えば「私達の思考が現実を作って(創造して)いる」。「私達の潜在意識は全てを知っていて、潜在意識には不可能がない(全知全能)」。。。などなど。

 このフレーズはニューソート思想に始まる、最近は「引き寄せの法則」で注目を浴びている願望実現でよく使われるフレーズである。

 そのニューソート思想は聖書を時代に合うように見直そうという運動から始まっていて、潜在意識による願望実現を世界に広めた最大の功労者?ジョセフ・マーフィーは新旧聖書から引用して説明する事が常であった。

 中でもとりわけ有名な箇所は、イエスの聖句「信じて疑わず、山に向かって、動いて海に入れと言えば、必ずそうなる」というくだりだろう。このような引用箇所は新約聖書のみならず、旧約の詩篇、ヨブ記など随所に及んでいる。

 つまり、簡単に言ってしまえば、信じた通りの事が起こるという考え方は旧約の時代からあったかもしれないという事である。

 

 ところで、このイエスを象徴するシンボルは幾つかあって、十字架も勿論そうであろうが、他にも子羊、魚、太陽などがある。父なる神と三位一体のイエスのシンボルに太陽が含まれていることは、前回の記事をお読み頂いた方には興味深い事と思われる。

 イエスが何故に太陽というシンボルで表されるに至ったかは一言では言い難い。しかしこのシンボリズムは非常に重要な意味を含んでいて、特に秘教的な知識においては格別だといってよいだろう。

 古来から太陽が重要視される理由は、それがメシア、つまりはキリスト意識を象徴するものだからである。これは唯一の神と同体の象徴であれば救世主であって当たり前といった単純なものではない。

 

 例えば占星術では太陽はその人のアイデンティティもしくはパーソナリティを示す星として扱われる。雑誌などに記載されている星占いの欄は大概が太陽星座で占っていて、私は○○座という時のそれである。ここで言うアイデンティティとはあなたの本質、魂を指している。心とか魂を表す語、ソウル(soul)が太陽(Sol)から来ていることでも解るだろう。

 つまり、キリスト意識とはナザレのイエスの意識のことではなく、私たち一人一人の中に宿っている魂の事なのである。

 このことについてイエスは「あなた方一人一人の内なる神」と言ったし、お釈迦様は仏性について語っている。

 

 またギリシャ神話で魂を表す神はプシュケーという女神であるが、彼女は夜な夜な現れるにも関わらず決して明かりをつけず、正体を明かさない夫エロスに疑念を抱き、とうとう明かりをつけてエロスを見てしまう。

 神にとって姿を見られるのは忌むべき事とされていて、姿を見られたエロス(受難の愛)はプシュケーの前から姿を消してしまう。しかしエロスに会いたい一心のプシュケーはアフロディテ(金星)の難題を克服し、ようやくエロスと結ばれる事になる。。。ちなみに、エロスとプシュケーの間にはウォルプタス(喜び)という子供がいる。。。

 この物語は魂を理解する上でとても象徴的な意味合いを持つ。そして、イエスはまさに愛の成就のために悪魔(金星)の誘惑を退け、受難を克服(復活)する事になる。プシュケーも生きながらにして冥界へと入り込むのだ。。。

 カバラにおいても、太陽は金星と同じティファレトに位置することも、極めて象徴的な意味を持っているといえるだろう。ティファレトは調和、ないしは愛である。

 

 話がそれるが、この象徴的な秘儀は、私達が魂(本当の自分)に至るには、ある種の受難が必要不可欠である事を物語っている。。。受難、あるいは、ある種の犠牲、あるいは、試練をともなわない愛が、私達を魂へと結びつける事はないだろう。

 その最初の試練は「汝の敵を愛せよ」なのである。。。

 

 さて、かような愛の姿こそキリスト意識なのであって、それには受難をともなう。ゆえに聖書の神は「妬む神」ともなりうるのではなかろうか。。。愛の試練は嫉妬であるから。。。

 ここに来て観念神としての唯一神が太陽という象徴で語られてきた事の傍証を見る事が出来そうだ。つまり、秘教的な意味合いにおいても太陽神=自分という定義は確かなようだと思われる。もっとも、その自分は犠牲を厭わない愛に目覚めた自分という条件付きのものではあるが。。。

 もしかしたら顕教的な絶対神と、密教的な絶対神の違いが、内と外に分けたのかもしれない。。。

 

 太陽神は「光」とは切っても切り離せない存在だが、アテンには「事実をありのままにさらけ出す(WIK)」という意味があったらしい。

 私的には、このフレーズは仏教の「自灯明、法灯明」とか「無明」という苦の原因を思い起こさせる言葉であるが、そのような事を考えながら、たまたま今日聞いていたラジオの人生相談でこんな事を言っていた。

 

 私達はしばしば不安にとり憑かれるが、それは本当の原因から目を背ける事で生じている。大概それは自分の中にある原因を見ずに、自分の外にあるものを不安の原因だと思い込むことで始まる。

 自分が不安の原因だと思っているものが、実は本当の原因ではなく、自分の内側にある本当の原因から目を背けてしまうときに、私達はいいようもない、逃れ得ない原因不明の不安に陥る。

 しかし、それが本当は自分の中にあったのだと見つけ出し、これが自分が抱えていた本当の原因だと「認めたとき」に、相変わらず困難はあったとしても、不安は消えてゆくものである。(かなり独断的にまとめてます^^;)

 

 さて、事実をありのままにさらけ出すとは、実にこのようなものだと思うのです。私達は無意識の内に自分を守ろうとしていて、自分を傷付けてしまう事を極度に恐れています。それ故に、これまた無意識の内に恐れや不幸の原因を自分以外の何かに転嫁し、自分を守ろうとする機能があります。本当にこれは無意識的な機能です。

 これがあるために私達は真実をありのままに見る事が出来ません。しかし、不思議な事に、無意識的な機能として真実を隠しているはずの心が、本当の原因を見ていないぞ!と、言い知れぬ不安としてメッセージを送って来てもいる。。。

 真実を隠そうとしているのも私達の心であるならば、それをさらけ出そうとしているのも私達の心。。。この相反する二つの心の働きの中に、内に秘められた太陽の光「灯明」が見える気がします。

 イエスは常にこういいました「あなたの信じる通りに成れ」、「あなたの信仰があなたを救った」と。これらは一体何を意味するのでしょう?

 ここから先の妄想は、是非、皆さんにお任せしたいと思います。。。

 

2007/11/05 22:03|山術房:心行TB:0CM:4
 

ヤーウェの履歴? 

ロウワイズさんへの、コメントにあらかた書いてしまったのだが。途中で放り出すのも、もったいないので一応掲載します(笑)

 

 日ユ同祖論(と言っても、私は日本人が全て古代ヘブライ民族にルーツを持つと思っている訳ではないが。。。)を、考えていてどうしても気になることがあった。それは唯一神の信仰は何処に行ったのか。。。という点である。

 もちろん古代へブル人が日本に来るまでの間に一神教を捨てたという可能性も無いわけではない。けれど、たとえそうだとしても、唯一神の痕跡はどこかに残っていなければおかしいのではないか。。。と思う。

 前述のメモ書きにも書いたように「豊葦原の瑞穂の国」が「東方の日出ずる国、カナン」だとすれば、彼らが日本に渡来した時、彼らはまだ神との約束の地を忘れていなかったということになる。とすれば、やはり唯一神の痕跡が残っている可能性は大きい。

 

 元々彼らが一神教に至ったのはどの様な経緯だったのだろうと考えてみる。自然な信仰観の流れとしては、祖霊信仰(あるいはアニミズム)⇒神格化⇒多神教⇒最高神⇒一神教、という流れになるはずだと思う。だから、いきなり唯一の神が登場するはずはないだろう。

 そこで気になるのが、アブラハムの出身地ウルである。(都市神については例によって、ロウワイズさんの『日本人の故郷に想いを馳せる〜大陸起源説(2)』に詳しいので御参考の程を・・・)

 ここの都市神はバビロニア神話ではアヌ、シュメール神話のアンで、ロウワイズさんが書かれているように「天」を意味しているが、もう一つの意味は「太陽の頂」であるそうだ。。。つまりは太陽神という訳である。ヘブライ人の祖アブラハムが太陽神を祭るウルの出身。。。

 

 ところでユダヤ人の直接の祖はヤコブであるが、このヤコブは天使と相撲を取って打ち勝ちイスラエル(神に勝つ者)という名前をもらっている。ところがこのヤコブ、イサクの目が見えないことを良い事に、エサウから長子権を奪った人物。。。エサウの子孫はエズラ人となるが、本当ならエズラ人こそ直径と言うことになるはずだ。

 ヤコブとエサウは後に和解する事になるが、そのエサウの元へ赴く途中天使と相撲を取ることになるわけだ。このヤコブはしばしばニニギの命や大国主との類似性が囁かれるが。。。

 このときヤコブは夢解きの功によって、エジプトの宰相にまで出世している。そこで、ヤコブと和解したエサウは一族を引き連れてエジプトに移り住む事になり、これが後の出エジプトへとつながってゆく事になる。

 さて、そのエジプトでは太陽神信仰が盛んであった。エジプトの太陽神というとラーが有名だが、このラーと集合してアメン・ラーとなり、風の神から太陽神へと出世?したのがアメン神でBC2000年頃の事である。

 ところが後にもう一つの太陽神アテンが現れることになる。それがBC1350年頃に起きたアルマナ革命である。一応アメンとアテンは同じ太陽神であるはずなのに、何故に別な太陽神を持ち出したか?元来はアメン神よりアテン神の方が古い神のようだが気になる一点である。

 

 一説にはアルマナ革命はイクナトンの妻ネフェルティティの影響とされ、そのネフェルティティは同時代に広まりつつあるもう一つの宗教の信望者であったらしい。その宗教とはミトラ教である。 (ネフェルティティの出身地はミタンニ王国という説もある)

 ミトラは司法神、冥界の裁きの神、軍神、牧畜の守護神などの地位を与えられているが、原初は光明神であった。ミトラ教が始まったのはBC1700年頃と推測されているらしいが、碑文に登場するのはBC1300年頃で、この頃既に、ミトラは最高神の地位を得ていたらしい。

 

 ある方から、そのイクナトンをモーゼと同一視する説があると聞いた。モーゼの出エジプトの時に、エジプトを襲った10の災禍はティラ島(サントリーニ島)の火山活動によるものではないかと推測されている。もしそうだとすれば、エジプトを襲った10の災禍の殆んどが説明可能だそうである。

 エジプトに起こった災禍がティラ島の噴火にあるとすると、その時期はBC1470年となって、イクナトンの時代とは100年近いズレが出る。この年代は今ではほぼ確実とされるが、もう一つの可能性はBC1630年頃で、こちらだとしたら、アルマナ革命とは300年ほどのズレが出る。

 従って年代的にイクナトン=モーゼとは考え難いが、同一人物説が出てくる背景には、モーゼとイクナトンに共通の「何か」があったからではないだろうか。。。

 

 ちなみに少し気になることがある。ティラ島の大噴火によって巻き上がった噴煙は、その後7年間に渡って気候に影響を与えたらしい。というのはヨーロッパの氷河の7年分に相当する氷層から硫黄が出ているからだ。この7年間の気候変動。。。と考えた時に、前出のヤコブの夢解きが思い出される。

 ヤコブはファラオの夢から7年間の豊作の後に7年の飢饉が来ると解釈しファラオの信任を得た。7はユダヤの聖数なので、象徴的な意味で出現した数かも知れないが、期間の一致というのが少々気になる。

 また、モーゼは一般にBC15〜6世紀、あるいはBC13〜2世紀の人物とされるので、イクナトンの時代、あるいはティラ島の大噴火の時代と妙に一致する点も気になる点だ。

 

 モーゼのヘブル読みは「マーシャー」だそうだが、ギリシャ語読みは「メス」あるいは「メセス」。エジプト王名に多い「ラムセス」とか「トトメス」の「メス」と音韻が共通しているのは偶然だろうか?

 元々モーゼはエジプトの王家で育ったのだから無理はないのだが。。。彼に関する疑問はもう一点あって、ヘブル読みの「マーシャー」は「引き上げられた者」という意味だが、古代エジプト語では「生まれた者」となるらしい。

 エジプト読みで「引き上げられた者」となるのなら納得が行くのだが、エジプト語では「生まれた者」では、まるで最初から王家に生まれた者みたいではないだろうか?

 

  さて、随分と話があちらこちらに飛んでいるが、この妄想の最大にポイントはヤーウェ=アテン=ミトラ神という点にある。

 ヤーウェの別名はエル、エル・シャダイ、アドナイなどがある。「エル(イル)」はカナン系の神話・ウガリット神話では「神の中の神・神々の父」という意味。ヤーウェの別称とされるエルの由来である。

 このエルはアラブ語で「イラーフ」で、アッラーフの語源となっている。元々イスラエルもアラブもアブラハムを祖とするのだから不思議はない。

 これだけではヤーウェ=アテン=ミトラとはつながらないが、シャダイがヘブル語のシェメシュだとすれば「太陽」という語源を持つことになり、少しはかすり始めてくる。。。

 

 アテン神の象徴は黄金の光を放つ太陽円盤、同じくミトラ神は有翼円盤であるが、メソポタミア神話のシャマシュも有翼円盤をシンボルとしている。この三者が原点において同じものだとしたら。。。

 シャマシュはへブル語との関連性は不明というものの、ヘブル語でシェメシュは太陽という意味である。旧約聖書とうの原点になったはずのカナン神話では、シャレムとシャヘルという双子の神が出てくる。シャレムはエルサレムの語源ともなった神で、エルサレムは「シャレムの家」という意味らしい。

 実は、このシャヘルは「明けの明星」という意味で、一方シャレムは「宵の明星」という意味。。。つまりは金星(ルシフェル)の事なのであるが、ルシフェルは「シャヘルの息子ヘレル」という意味らしい。だとすると「シャ」は恐らく光明という意味で、前出のシェメシュにもつながることになろう。

 ところで、このシャヘルは、カナン神話において「太陽神に反逆した神」として描かれている。。。ここに、ヤーウェ=太陽神という姿が見えてきはしまいか。。。

 モーゼがシナイ山で神に出会ったときのシーンをよく読むと、どうも、このヤーウェも太陽円盤をシンボルとするのではないかと思えてくるのは私の思い込みだろうか。。。?

 

 もし、この推測が正しいなら、年代的にヤーウェの原点はシュメール神話の中でも最も古い神に属する、雄牛の角の王冠をかぶったアヌ(アン)神という線が妥当だという事になるだろう。

 前出のミトラ神を最高神と崇めるミタンニ王国においてもアンは神々の父とされる。このミタンニ王国を築いたフルリ人も、シュメールや日本と同じ膠着語の言語を持つ数少ない国である。。。これらは偶然なのだろうか?

 

2007/11/03 21:14|古代妄想TB:1CM:6
 
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