ロウワイズさんへの、コメントにあらかた書いてしまったのだが。途中で放り出すのも、もったいないので一応掲載します(笑) 日ユ同祖論(と言っても、私は日本人が全て古代ヘブライ民族にルーツを持つと思っている訳ではないが。。。)を、考えていてどうしても気になることがあった。それは唯一神の信仰は何処に行ったのか。。。という点である。 もちろん古代へブル人が日本に来るまでの間に一神教を捨てたという可能性も無いわけではない。けれど、たとえそうだとしても、唯一神の痕跡はどこかに残っていなければおかしいのではないか。。。と思う。 前述のメモ書きにも書いたように「豊葦原の瑞穂の国」が「東方の日出ずる国、カナン」だとすれば、彼らが日本に渡来した時、彼らはまだ神との約束の地を忘れていなかったということになる。とすれば、やはり唯一神の痕跡が残っている可能性は大きい。 元々彼らが一神教に至ったのはどの様な経緯だったのだろうと考えてみる。自然な信仰観の流れとしては、祖霊信仰(あるいはアニミズム)⇒神格化⇒多神教⇒最高神⇒一神教、という流れになるはずだと思う。だから、いきなり唯一の神が登場するはずはないだろう。 そこで気になるのが、アブラハムの出身地ウルである。(都市神については例によって、ロウワイズさんの『日本人の故郷に想いを馳せる〜大陸起源説(2)』に詳しいので御参考の程を・・・) ここの都市神はバビロニア神話ではアヌ、シュメール神話のアンで、ロウワイズさんが書かれているように「天」を意味しているが、もう一つの意味は「太陽の頂」であるそうだ。。。つまりは太陽神という訳である。ヘブライ人の祖アブラハムが太陽神を祭るウルの出身。。。 ところでユダヤ人の直接の祖はヤコブであるが、このヤコブは天使と相撲を取って打ち勝ちイスラエル(神に勝つ者)という名前をもらっている。ところがこのヤコブ、イサクの目が見えないことを良い事に、エサウから長子権を奪った人物。。。エサウの子孫はエズラ人となるが、本当ならエズラ人こそ直径と言うことになるはずだ。 ヤコブとエサウは後に和解する事になるが、そのエサウの元へ赴く途中天使と相撲を取ることになるわけだ。このヤコブはしばしばニニギの命や大国主との類似性が囁かれるが。。。 このときヤコブは夢解きの功によって、エジプトの宰相にまで出世している。そこで、ヤコブと和解したエサウは一族を引き連れてエジプトに移り住む事になり、これが後の出エジプトへとつながってゆく事になる。 さて、そのエジプトでは太陽神信仰が盛んであった。エジプトの太陽神というとラーが有名だが、このラーと集合してアメン・ラーとなり、風の神から太陽神へと出世?したのがアメン神でBC2000年頃の事である。 ところが後にもう一つの太陽神アテンが現れることになる。それがBC1350年頃に起きたアルマナ革命である。一応アメンとアテンは同じ太陽神であるはずなのに、何故に別な太陽神を持ち出したか?元来はアメン神よりアテン神の方が古い神のようだが気になる一点である。 一説にはアルマナ革命はイクナトンの妻ネフェルティティの影響とされ、そのネフェルティティは同時代に広まりつつあるもう一つの宗教の信望者であったらしい。その宗教とはミトラ教である。 (ネフェルティティの出身地はミタンニ王国という説もある) ミトラは司法神、冥界の裁きの神、軍神、牧畜の守護神などの地位を与えられているが、原初は光明神であった。ミトラ教が始まったのはBC1700年頃と推測されているらしいが、碑文に登場するのはBC1300年頃で、この頃既に、ミトラは最高神の地位を得ていたらしい。 ある方から、そのイクナトンをモーゼと同一視する説があると聞いた。モーゼの出エジプトの時に、エジプトを襲った10の災禍はティラ島(サントリーニ島)の火山活動によるものではないかと推測されている。もしそうだとすれば、エジプトを襲った10の災禍の殆んどが説明可能だそうである。 エジプトに起こった災禍がティラ島の噴火にあるとすると、その時期はBC1470年となって、イクナトンの時代とは100年近いズレが出る。この年代は今ではほぼ確実とされるが、もう一つの可能性はBC1630年頃で、こちらだとしたら、アルマナ革命とは300年ほどのズレが出る。 従って年代的にイクナトン=モーゼとは考え難いが、同一人物説が出てくる背景には、モーゼとイクナトンに共通の「何か」があったからではないだろうか。。。 ちなみに少し気になることがある。ティラ島の大噴火によって巻き上がった噴煙は、その後7年間に渡って気候に影響を与えたらしい。というのはヨーロッパの氷河の7年分に相当する氷層から硫黄が出ているからだ。この7年間の気候変動。。。と考えた時に、前出のヤコブの夢解きが思い出される。 ヤコブはファラオの夢から7年間の豊作の後に7年の飢饉が来ると解釈しファラオの信任を得た。7はユダヤの聖数なので、象徴的な意味で出現した数かも知れないが、期間の一致というのが少々気になる。 また、モーゼは一般にBC15〜6世紀、あるいはBC13〜2世紀の人物とされるので、イクナトンの時代、あるいはティラ島の大噴火の時代と妙に一致する点も気になる点だ。 モーゼのヘブル読みは「マーシャー」だそうだが、ギリシャ語読みは「メス」あるいは「メセス」。エジプト王名に多い「ラムセス」とか「トトメス」の「メス」と音韻が共通しているのは偶然だろうか? 元々モーゼはエジプトの王家で育ったのだから無理はないのだが。。。彼に関する疑問はもう一点あって、ヘブル読みの「マーシャー」は「引き上げられた者」という意味だが、古代エジプト語では「生まれた者」となるらしい。 エジプト読みで「引き上げられた者」となるのなら納得が行くのだが、エジプト語では「生まれた者」では、まるで最初から王家に生まれた者みたいではないだろうか? さて、随分と話があちらこちらに飛んでいるが、この妄想の最大にポイントはヤーウェ=アテン=ミトラ神という点にある。 ヤーウェの別名はエル、エル・シャダイ、アドナイなどがある。「エル(イル)」はカナン系の神話・ウガリット神話では「神の中の神・神々の父」という意味。ヤーウェの別称とされるエルの由来である。 このエルはアラブ語で「イラーフ」で、アッラーフの語源となっている。元々イスラエルもアラブもアブラハムを祖とするのだから不思議はない。 これだけではヤーウェ=アテン=ミトラとはつながらないが、シャダイがヘブル語のシェメシュだとすれば「太陽」という語源を持つことになり、少しはかすり始めてくる。。。 アテン神の象徴は黄金の光を放つ太陽円盤、同じくミトラ神は有翼円盤であるが、メソポタミア神話のシャマシュも有翼円盤をシンボルとしている。この三者が原点において同じものだとしたら。。。 シャマシュはへブル語との関連性は不明というものの、ヘブル語でシェメシュは太陽という意味である。旧約聖書とうの原点になったはずのカナン神話では、シャレムとシャヘルという双子の神が出てくる。シャレムはエルサレムの語源ともなった神で、エルサレムは「シャレムの家」という意味らしい。 実は、このシャヘルは「明けの明星」という意味で、一方シャレムは「宵の明星」という意味。。。つまりは金星(ルシフェル)の事なのであるが、ルシフェルは「シャヘルの息子ヘレル」という意味らしい。だとすると「シャ」は恐らく光明という意味で、前出のシェメシュにもつながることになろう。 ところで、このシャヘルは、カナン神話において「太陽神に反逆した神」として描かれている。。。ここに、ヤーウェ=太陽神という姿が見えてきはしまいか。。。 モーゼがシナイ山で神に出会ったときのシーンをよく読むと、どうも、このヤーウェも太陽円盤をシンボルとするのではないかと思えてくるのは私の思い込みだろうか。。。? もし、この推測が正しいなら、年代的にヤーウェの原点はシュメール神話の中でも最も古い神に属する、雄牛の角の王冠をかぶったアヌ(アン)神という線が妥当だという事になるだろう。 前出のミトラ神を最高神と崇めるミタンニ王国においてもアンは神々の父とされる。このミタンニ王国を築いたフルリ人も、シュメールや日本と同じ膠着語の言語を持つ数少ない国である。。。これらは偶然なのだろうか?
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